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万葉の恋 第3夜

【2003.4.4】

入社式。

昔から、
大好きな本に携わる仕事がしたかった。
第1希望じゃなかったけど、
出版社に入職できた、それだけで嬉しかった。

・・・眠。

嬉しくて、眠れなかった脳は、
ダラダラ続く挨拶に、
心地よさを感じ始めていた。

!!っっ

驚いたのは、脱力するほど
意識が飛んでいたから。
手元から書類が落ちたのがわかって、
慌てて、体をかがめると、
目の前に書類が浮かんでいた。

そんなはずない。

よく見ると、誰かが書類を持ってくれていた。

・・・・。

口の端をあげて笑う彼から
会釈しながら受け取る。

恥ず。

腕時計を見る。

あと少しで終わる…かな。

深呼吸して、背筋を伸ばした。


~・~・~・~・~・~・~


終わったぁぁぁぁ。

ロビーで大きく体を伸ばす。

思ったより、長かった。
……お腹、すいた。
帰り、どっかでランチして・・

「なあ、」


後ろから聞こえた声に振り返る。

ん?

資料を脇にはさんで、スーツのポケットに
両手をいれたまま笑う彼。

たしか、隣に座ってた・・

一応、確認した。

「私・・ですか?」

「うん」

人懐っこい笑顔。
さっきも、思ったけど、

・・・いい顔してんな。


「なんですか?」


「メシ行かない?」




なんで?


~・~・~・~・~・~・~

近くの喫茶店。

私はオムライス、
彼はハンバーグランチを頼んでいた。

三上 隼人(はやと) 
昭和54年5月28日生

……同い年。
怪しいモノじゃないと見せてきた免許証。

入社式にもいたし・・
名前を聞かれたから、答えた。

「レンカ?へぇ、珍しい名前だな。
レンってこっち?」

そう言いながら、テーブルに置いていた
書類の裏に持っていたボールペンで
『蓮』と書いた。

私は黙って首を振り、
彼の手から抜き取ったボールペンで
『漣』と書いて、その下に『漣歌』と書いた。

「あぁ、“さざなみ”の方。漣歌ねぇ」


・・・・。

“さざなみ”と読める人と初めて会った。


「めずらしいよな」

・・・おかげで、大変だよ。

「・・小学生の頃のあだ名は“レンガ”だった」

「は?なんで?」

一瞬驚いたけど、
すぐに笑いながら聞いてきた。

「親友をいじめた男の子を
レンガ持って追いかけたから」


少しの間を置いて、ブハッと吹き出した。

何も口に入れてなくてよかった。


「おまえ、面白いな」


・・・・。

こういうのを自然に受け入れられるような
柔らかい性格ではない。


「あのさ、」

「ん?」


「・・なんで2人でゴハン食べるの?」

また笑う。


「同期だから・・じゃ、ダメ?」

「あぁ・・」

同期・・

「・・この距離の取られ方嫌い?」

・・・・。

「あんまり好きじゃない」

また笑う。

よく笑うな・・。


「お待たせいたしました」


タイミングがいいのか悪いのか
目の前にお皿が並んだ。

そっちのハンバーグも美味しそうだったな。

鉄板の上で、ジュっと音を出す
ハンバーグに目がいった。

今度、そっちも頼んでみようかな。

「はい」






・・・はい?

「はい、アーン」

目の前には、1口でいれるには
大きすぎるサイズのハンバーグが
浮かんでいた。

・・・・。

「やだ」


「なんで?美味しそうって思ったでしょ」

思ったけど

「・・・熱そう」


ホントによく笑うな。

「おまえ、ホントおもしろいよなぁ」

そう言いながら、
そのまま、オムライスの横に置いた。


気づいてないの?
私、何1つおもしろい事言ってないんだけど

それに・・

「私、“オマエ”って呼ばれるの好きじゃない」

「あぁ、そうか・・。
じゃあ、なんて呼んだらいい?」

「“立花”さん」

「わかった。じゃあ、俺は“三上”で」


「“三上”・・さん」

「みかみ」

「・・・三上」

「はい、なんでしょう。立花さん」


・・・・。



「・・なんか、話でもあるの?」

なんとなく、そんな感じがした。

「・・・。」

初めて笑わなかった。


・・・・・。


とりあえず、冷めてしまう前に
ハンバーグを切り分けて口にいれた。

ハンバーグにすればよかったな。

美味しかった。

「俺さ、ゲイなんだよね」

・・・。





ハンバーグにすればよかった。

「聞いてる?」


「・・・うん。」

「驚かないの?」


そりゃ、

「驚いてるよ」

昔から、
わかりにくいとは言われるけど。

そんな私を見て、吹きだしたかと思ったら
手を叩いて、爆笑しだした。

いや、まじで、なんだ、こいつ。

おかげで、ハンバーグへの後悔を
繰り返してしまった。


「やっぱりな。」


「何?」

“やっぱり”って

「いや、なんでもない。」



それから、
食後コーヒーを飲み終わるまで
彼の質問は続き、普通に答えて
彼が笑うという、謎のループが続いた。


「・・ちょっと、トイレ行ってくる」

「おぅ」




手を洗いながら鏡を見る。

今、一緒にランチをしたのは、
入社式でたまたま隣に座った
初対面の同期の男。
なぜか、いきなりカミングアウトしてきた。

・・・なんだ、この感じ


ハンカチで手を拭きながら戻ると
彼が通路で私の荷物を持って立っていた。

よく見ると、周りの女性の視線は
必ず1度は彼に向けられている。

そんな彼が私に気づいて、笑う。

周りの視線も一緒に連れてくるもんだから
迷惑だった。


「ほい」

荷物を渡してきたので受け取った。

「ありがと」

「へぇ、」

「何?」

「立花さんは、“ちゃんと”
お礼が言えるんだね。」


あっ?

初対面の男に小馬鹿にされた。

「こわっ」

笑わなかったから、
すごい顔をしていたんだろう。

なんか

すごい疲れた。

タメ息をついて、レジに進むと

「行くぞ」

!?

急に右手をとられた。

「ちょ、お金、」
「もう、払った」


なんで?

初対面の同期の男に
ランチを奢られるという状況に
居心地の悪さしか感じない。

こういうとこが可愛くないのかな。

とか思ってしまった私の右手は
店を出ても握られたまま。
体は前に連れて行かれた。

いや、ちょっと、

リーチが違う。
私は、なかば小走りだった。


いいかげん、

「ちょっとっ」


ようやく、手を振りほどく。

「何?なんなの?」

奢ってくれた理由も聞いてないし、
なんなら、お礼も言えないまま、
歩かされた私の言葉に
何故か彼の方が驚いていた。


「・・何って・・食後の散歩」

はっ?


「おさんぽ、さんさく、ウォーキング」

繰り返した所で、

「・・帰る」

なんで口とがらせてるのよ。


「・・わかったよ。」


わかっていただけてなにより。
向きを変えようとした時、


「あぁ、あのさ、さっきの事」

声が動きを止める。

“俺さ、ゲイなんだよね”


頭の中で書き起こされた言葉。

「あぁ・・別に、誰にも言わないわよ。」

ってゆーか、なんで私に言ってきたのか
全くわからないけど

・・・・。

私の言葉に、また笑ったけど
その笑顔は、どこか淋しそうだった。

彼の口が動く。

「・・言いふらすような
友達もいなさそうだしな」




あっ?

「だから、その顔、恐いって。冗談だよ。
じゃあ、2人だけの秘密だな。ランチ代は、
秘密保持契約料という事で。」

オムライス 980円
ハンバーグ 1200円

2180円・・

でも、
・・“2人だけ”・・ね。


「よし、じゃあ、会社でな。」


「・・じゃあ」



背中を向けた彼を確認して
私も背中を向けて歩き出した。

帰りの駅は、さっきの喫茶店の傍だったから。



「じゃあなぁ~」


!!っっ


離れた所から聞こえる彼の声。


いや、だいぶ恥ずかしいからやめて


振り返ると楽しそうに笑いながら手を振って、


「また明日な、レン」


・・!?

蹴りあげに行きたかったけど、
それも計算した上での
距離の取り方だったのかもしれない。


人の事を呼ぶだけ呼んでおいて、
雑踏の中に消えていった。


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