亡くなった息子の20歳の誕生日を前に想うこと(学校再開に向けて)
2001年3月24日に気管支喘息重責発作が原因で亡くなりました。1歳の誕生日まで20日でした。桜を見る事なくこの世を去ってしまいました。生きていれば今年の4月13日で20歳です。
今、コロナウィルスで世の中は大変なことになっています。保護者のみなさんは学校再開に向けて大きな決断を迫られているのではないでしょうか。子どもが重症化しないという根拠はありません。
私は子どもを亡くしてかなり長く苦しみました。
なぜあの時、気がつかなかったのだろう
なぜ、あの病院を選んでしまったのだろう
なぜ、もっとはやく診てと言えなかったのだろう
なぜ、親なのに子どもを守れなかったのだろう
仕方ないなんて思えなかった
正直、今でもその気持ちは消えていません。
現在、2人の子どもは大学院生の息子と高校3年生の娘です。息子は20歳を過ぎているので、彼の判断に口を出すのはやめました。内心はとても心配です。
高校2年生の娘についてはまだ迷っています。通学の電車、いろいろな市町から集まってくる生徒たちと同じ教室で大丈夫だろうか。もちろん感染者が出ている市町からも通う子がいます。工業高校に行っているので3年生での欠席は就職にかなり響きます。今の欠席が一生を左右するかもしれないのです。
子どもの命が一番大切
何もないかもしれないのに一生を左右するかもしれない欠席を押し付けていいのか。
教育って安心安全な場所で行われるものではないのでしょうか。学校の先生だって高齢の方や基礎疾患を持っている方がみえます。感染のリスクを背負って授業をさせなくてはいけないのでしょうか。
生きていく力をつけるための学びが教育だと思っていました。現時点での学校再開は行政にありがちな目的を見失った施策に思えて仕方ありません。
道徳の授業は何のために教科に組み込まれたのでしょうか。自宅に高齢者や基礎疾患を持った人が見える家庭では、命の大切さを教える現場に行くために、感染によって重症化するリスクが高い人を危険にさらすことになりませんか。
正解はわかりません。心配しすぎなのかもしれません。
でも、今回の学校再開は自分さえ良ければそれでいいということにならないのでしょうか。学校は今後、命の大切さを教えることができる現場なのでしょうか。
学校再開によって学校で罹患者が1人でもでたら学校は閉鎖。休校以降、どうしても働かなくてはいけなくて、子どもを学校や保育園に預けていた人たちも、働けなくなるリスクが高くなります。今よりもずっと大変なことになります。精神的な負担も今まで以上になるとおもわれます。
公立小中学校再開については市町単位で決めることができます。お住まいの市町の教育委員会が担当です。
追記 私は物理的に考えれば、小中学校よりも高校再開の方がはるかに感染拡大防止にハイダメージだと思っています。こちらこそ県の適切な指示が欲しいです。