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距離
2024.11.21 - 22 デザインコモン2Fと芸工図書館映像音響ラウンジの二会場にて開催された『久白空 展』にまつわる話。少人数企画かつメンバーが役割を横断しながら進行していったため、私自身の非公式な解釈が多分に含まれる箇所についてご注意願います ( _ _)
久白空 X
久白空展 X
企画参加前夜→会期までの思い出
5月某日
某サークル新歓公演終わりの後輩とOBである同期たちとの食事終わりにとあるお誘いが来た。少人数の自由度の高めな企画の音効担当をやってほしいということで、軽めにのっかってみる
「偶像とその観測者との距離」についてを主軸に、新たなキャラクターを打ち立てる展示で、どんなアクションが起きる / 起こるのかは何も決まっていないらしい おもしろそう!と思ったりしていた
7, 8月
某サークルで演出をよく担っていた主宰と自分で意見の齟齬が多く見られ、お互いの意見を汲み取りゴールを見つけるため模索する会議が多かった 楽しかったが、複数人でコンセプトを詰めていく作業をしたことがない私が企画全体を停滞させている気がして申し訳ない気持ちもあった 改めて皆あのときは話を親身に聞いてくれてありがとう
10月末
具体的なシナリオの完成や二次創作物の締め切りがあり徐々に企画に具体性が加わってくる 音効の雛形を完成させるもこれからシステムを1から組むことになる
11月
会期まで2週間ほどずっと会場を借り続けられることが発覚しイージーモードに 最高 自分がギリギリまでシステム調整を行っていた中、映像担当の人たちは当日朝まで頑張っており迫力がすごかった お疲れ様でした
音響システムについて
企画書段階では観客とのインタラクティブな構造を持たせたいとのことだったので、早いうちに空間の中に1人だけ配置する仕組みを提案した気がする。
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ヘッドホンとスピーカーの両立により、音像を従来のシステムより自由に動かすことができるなどと音響効果のアイデアについていくつかプレゼンすると好印象 無事採用に 最終的には4台のモニターからも別々の音を流すことになり、部屋の隅に4ch、前後にメインスピーカー2ch、ヘッドホンの2chという風変わりなシステムとなった。( 2.2.4ch? ) 当日パンフには新たな音響システムと書いたが果たして新しいのかどうかは分からない。昔自宅にてヘッドホンとスピーカーで音源を行き来させる遊びをしていたことがここにきて活かせて良かったなと思ったりした。
会場に入るとディスプレイ4つから久白空があらゆる場所にいる映像と環境音が流れている中、部屋に入りヘッドホンを装着することで本編が始まる。公演全体を通して後ろに設置したスピーカーや耳元など普段音楽を聴いているときには出会わない場所に意識的に音を配置しており、特に終盤では演出的にも映像を最小限に抑えてもらい贅沢に空間を音で埋めることができた。
映像システムについて
今回複数のモニターを同期させる方式を取った。複数のPCを同期させ扱うのはかつて別現場で実践していたためその元映像頭と流用しつつ新たなシステムを設計した。今回主に用いたノードベースのヴィジュアルプログラミング環境であるTouchDesignerはメディアアートをはじめ幅広い分野で用いられており、複数のPCで複数の出力を行うのに適していた。映像担当の3人が作ってくれた映像を4画面に配置しかつシームレスに客入れ状態から本公演へとつなげていくようプログラムしていく。バグも多く会期ギリギリまで調整を行うことになり大変だった(当日も仕様を理解している人が不在の中トラブルが発生し肝が冷えた)
最終的には思い描いていた通りのものを作ることができたので大変満足である
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透明との距離
合成音声との関わり方
ここからはコンセプトや作品内容について
偶像と聞き何を思い浮かべるか、人によるとは思うが自分は真っ先に合成音声キャラクターが思いつく。歌声とビジュアルと至極簡素な基本設定のみが存在し、その上であらゆるコミュニケーションを受け入れている初音ミクは時代とともに多様な広がりを見せているが、中でも自分が最も興味を持ったのは"透明性"と"距離"についてだった。初音ミクは透明であり、あらゆる空間へ入り込みあらゆる着色を受け入れる。この前提は時代をまたぎ多くの評論でも論じられている所であり概ね自分も賛同している。作曲を表現の場として捉えている限り、歌詞の入る歌曲の場合は特に制作者の作り上げる世界や目線を知覚することになるが、ここで透明な初音ミクは聞き手の世界と作り手の世界の中間のハブとして位置づけられる。この両者の世界の橋渡しとしての彼女の歌声に一層関わってくる重要な概念としてやはり心理的距離が挙げられるだろう。作り手と初音ミクとの距離が近いほど、楽曲のテーマもパーソナルになり歌声も憑依的な用いられ方が多くなる一方、その距離が遠いほど初音ミクを共有財産と完全に割り切りプロデュースする方向へとシフトし、パブリックなイメージソング的ニュアンスを含む楽曲になりやすい。ボーカロイド楽曲の多様性の大きな一因としてこの距離の多様性があるのではないかと自分はよく考えている。
なおこの距離には時代の変遷が存在する。ここでの具体的な楽曲の紹介は最小限に留めるが、黎明期である2007年9月頃はアイドルの装いをした目新しいキャラの登場という特徴が前景化されていたことによりパッケージイラストを流用し「初音ミクの楽曲」としてのプロデュースソングをつくるのが一般的であった (参考 : 【初音ミク】みくみくにしてあげる♪【してやんよ】)
イラストの二次創作の活発化やMMDの発明によりビジュアルの自由度が上がってきた中2007年12月7日ryoにより投稿された「メルト」は同世代の楽曲と比べ距離が近い楽曲であったと言える。歌詞の主人公をミク自身でなく、作曲者が思い描いた少女にすることで初音ミクが「電子の歌姫」からいわゆるシンガーとしてポップソングを歌う存在へと広がっていくこととなった。距離が近くなることで従来裏方仕事であった楽曲プロデュースの存在感が増し「ボカロP」として人に注目する文化が形成されることになっていったのである。(柴, 2014)
ここからますますボカロP人口の拡大と距離の多様化が進み幅広くグラデーションを持つこととなったが、この小章の最後に自分と初音ミクとの距離感について改めて記述しておく
自分の楽曲の中の初音ミクは限りなく自分と距離が近いが完全な代弁者とはなり得ないポジションに配置しており、自分と聞き手の世界をつなぐ1本の薄い糸のような役割を担っていただいている 自分の好みの楽曲もそれと似た様式が感じ取れるものが多く、ここから人は楽曲の持つ距離で好みを判断している部分があるのではないかという仮説が立てられる。こちらも極めて重要な視座であるが、現時点でまだ何も明確に実証できていないためここでは触れないでおく。以下に似た様式が感じられた自分の好きな楽曲をいくつか資料として置いておくことにする (全然勘違いの可能性もある!)
タチマナユ - 線考
お柴鉱脈 - mother
quoree - 煤
久白空との距離
今回はこの距離の概念を基調としてラウンジ内の空間構成を図った。本音響システムは心理的距離をそのまま音像との距離で表現することを目的として設計したが、なかなかうまく機能していたように思う。『なにも無い空っぽの存在』として作り出された久白空は初音ミクらとは異なりバックグラウンドがほとんど存在しないため、同じように誰にも属さず宙を漂い続けることは難しいはず。そこで彼女は生存戦略として観測者の体内に忍び込み一人ひとりの記憶を居場所としていくという結論を用意することにしたが……果たしてこれでよかったのか?とも思う。完全に束縛から解放された彼女が向かう先とは…!?
「なにも無い空っぽの存在」として作り出された久白空。
なにも無いことを表現するため、情報は限りなく少なく設定し、外見は儚さに重点をおいて作り上げていきました。誕生日が8月30日なのは、夏の終わりの儚さが彼女にふさわしいと判断したからです。
キャラクターをデザインし身体を作り、その後名前をつけていきました。
なにもない真白さと空虚さ、そして儚くて寂しくてあたたかな海のイメージから、満場一致で久白空と名付けられました。
作りてである我々から彼女に対し、固定された人格をできる限り見出さないよう、慎重に制作を進めました。
二次創作における距離
また、現代におけるキャラクターとの関わり方における重要な事象の一つとして"二次創作"が挙がるだろう。本企画展示は二会場にて行われたが、デザインコモン2Fでは学校関係者と外部の方の両方が含まれた約15名による久白空の二次創作物の展示が行われた。前述の通りキャラクターの基礎設定は最小限に留め自由に制作していただく形を取っていたためか、作品のメディアも多種多様になり作品のテクスチュアよりもむしろ個々の二次創作制作者と久白空との距離が前景化していた。現代のこういった創作-消費の融合を表す言葉として濱野智史の掲げる『N次創作』という概念があるが、本企画ではこのような消費者による創作がオリジナルに与える影響、ひいては存在しなかったオリジナルを形作っていく様についてをメインテーマと据えている。
( 参照 : 初音ミク : N次創作が拓く新しい世界https://www.jstage.jst.go.jp/article/isciesci/57/5/57_KJ00008686545/_article/-char/ja/ )
観客は何も知らないキャラクターにまつわる創作物を大量に消費しある種他人事のように彼女を自分の外の場所に追いやった後、ラウンジで自分の中を侵食されていってしまうという流れは非常に面白くできたのではないかと思う。また、ラウンジまで観終わった後改めて人それぞれのキャラクターとの距離感を捉え直し自身の価値観を相対化していくきっかけとなれればとてもうれしい。
Watercolorについて
私自身の二次創作物として1つの映像作品を提出した。久白空の唯一与えられたビジュアルが徐々に煙のように現れ霧散していく中、淡々と朗読されていく詩も崩れていく作品であるが、展示されている音楽作品の中で唯一ヘッドホンではなくスピーカーから音が流れているという特徴を持つ。本作品のテーマは滲み / 拡散である。一つのビジュアルに閉じ込められていた彼女を解放し我々の見えないところで自由に飛び回れるようにし、さらにヘッドホンを介して一人の脳内に情報を送るのではなく空間全体へ向けて音を放射することで彼女の動きやすさを補強した。YouTubeの動画もぜひスピーカーで聴いていただければ。
まとめ
全体を通して小規模だからこそできるパーソナルな表現を散りばめることができて大変満足である。我々の学校における集団の制作は大規模になる風潮があり、それの対抗としてうまく機能してくれたように感じる 今後もこういった学生同士による突発的な企画は挑戦してみたいし、そういったものが生まれやすい土壌になっていくといいなと思う
(現在アーカイブ動画の音編集を任されているところなので記録映像はもうしばらくお待ちください 年内中には出したいと思ってます)
乱文にて大変失礼致しました では
参考文献
小山 友介. 初音ミク : N次創作が拓く新しい世界. システム制御情報学会誌. 2013, vol.57, no.5, p189-194
柴那典. 初音ミクはなぜ世界を変えたのか?. 太田出版. 2014. p148-165
こちら非常に面白い本でした ご興味あればぜひ
直接引用したものはこちらのみでしたが、ユリイカや別冊Ele-Kingの初音ミク特集もとてもおもしろかったです