ショートストーリー:彼女
私は市役所にきていた。
治療のため会社を辞めた。そのため、今まで給料から引かれていた税金を自分で納めなくてはならなくなった。再就職先が見つからず、支払いが厳しい。
悩んだ末に市役所に電話をかけると、必要書類を持って相談にくるよう言われたのだった。
市役所なんて行くことがないし、税金払えませんという私にどんなことを言われるのか、前の会社を辞めた理由も言わなければならないのだろう…
気持ちは憂鬱だったが、このままでは支払うことはできない。そして今、待合の椅子に座っている。
窓口には男女1人づつの職員さんがそれぞれ対応している。
できれば女性がいい。
そう思っていると、番号が呼ばれた。
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私は、市役所で住民税の仕事をしている。人事異動で急に担当することになるが、制度がかなり複雑で、資格を与えられてもいいぐらい難しい内容だと思っている。
当番制で窓口にも座るが、色々と言われる事もあり、はっきり言って電話と窓口当番の日は憂鬱だ。間違えてはいけないというプレッシャーもすごい。
私も一市民であり、納税はもちろん健康保険料も、多分もらえないであろう年金もきっちり納めさせられているが、制度が気に入らないという怒りの八つ当たりや税金ドロボー的なことはよく言われる。
ついには、税金のことは学校で習っていないから払わない、なんてことも言われてしまう。
次の人を呼ばないといけないけど、どんな人だろう。怖そうなおじさんとか声の大きそうなお兄さんが座っていて、嫌だなぁ。
番号呼び出しを押すと、少し体調が悪そうな女性がこちらを向いたのだった。
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呼ばれたのは女性の席だった。
ほっとしながら席につく。
「今日はどうされましたか?」
「婦人病を患い、開腹手術が必要なためお休みする期間も含めて会社に相談すると、うちの会社で長期不在になるのはしんどいから申し訳ないが退職してほしいと言われました。退職し、手術も終えましたが、まだ体調が回復せず求職活動もままならない状態で、税金を払うのが難しいです。こちらに電話したら、書類を持って相談にくるように言われたので来ました。」
「それは大変でしたね。」
彼女は同じ女性だからか、本心からそう言ってくれたようで、少し救われた気がした。
その後、色々と確認があり、たくさんの書類を書いた。そして、彼女は何か処理した書類を持っていったん奥に行き、暫くして戻ってきた。
会社都合による離職及び求職活動中のため、4回に分けて払う税金のうち1回分が全額免除されること、残り3回は納める月に毎回手続きが必要なことを説明された。
「自己都合退職ではないので、対応できました。よかったですね。体調が心配だと思うので、もし次回手続きに来ることが難しそうなら、相談の連絡をください。」
市役所って怖いところだと思っていたが、怒られることなく終わり、免除を受けることもできほっとした。
すると彼女は周りをみて、話しかけてきた。
「他にお待ちの方がいないので…実は私も婦人病で手術の予定があります。開腹ではなく腹腔鏡ですが、初めての入院に初めての手術で不安です。だから、お仕事も辞められてすごく不安だったと思います。はやく体調が戻って新しいお仕事が見つかるといいですね。」
「勤めていた会社はいい会社でした。申し訳ないと言ってくれて、会社都合にしてくれました。術後の回復がこんなに遅くなると思っていなくて…体はつらいです。お互い色々ありますが、がんばりましょうね。」
彼女の言葉を聞いて、つい私も話してしまった。
なんだか恥ずかしくなってその場を後にしたが、私の中で何か落ち着くものがあった…
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「私も手術の予定があります。」
個人的な話はしない事にしているが、なぜかそう言っていた。
でも、女性は静かに聞いて、がんばりましょうと言ってくださった。
経験者からのエールに、心強さを感じた。
それから、2回手続きに来られた。2回ともたまたま私が受付けた。
お互いの近況を簡単に報告し、お仕事は見つかっていないが回復されている様子にほっとした。
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その後、2回手続きに市役所に行ったが、偶然にも前に受付けてくれた職員さんが担当してくれた。
手短にお互いの近況を伝えあう。これがひとつの心の支えになっていた。全然知らない人だけど、世の中は支えあうようにできているんだな、と思った。
最後の1回は仕事に就くことができ、手続きにいかなかった。
彼女と会えないのは寂しいが、私も自分の足で歩けるようになったということ。
不思議な縁に感謝しつつ、彼女も元気に過ごしている事を願った。
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最後の1回は手続きに来られなかった。
これは、ほとんどの場合が新しい仕事に就く事ができた事を意味する。
彼女と話せないことは残念だけど、元気になって仕事が見つかって良かった。彼女ならきっとまた、いい会社を見つけることができただろう。
私の不安を和らげてくれた、優しい縁に感謝し、私も誰かの不安を和らげることができるようになれれば嬉しい。今日も彼女を思い出しながら、窓口に座っている。