ショートストーリー:あるカフェ
そのお店は周りの景色に溶け込み、気をつけなければ気がづかない、そんなお店だった。
「カランカラン」
ドアを開けると、心地よい音がする。
「いらっしゃいませ。」
柔らかい明るさの店内で、優しい雰囲気の女性が笑顔を向けてくれる。
「お好きなお席にどうぞ。迷われたらカウンターも空いてますよ。」
見渡すとほとんどが1人客。客同士が語り合っている席もある。静かすぎずうるさ過ぎず、BGMも心地よい。
少し迷ってカウンターに座った。
ミルクティーとアップルパイをお願いする。
マスターとママらしき人がカウンターの中で作業している。
それをぼんやりと眺めていた。
「生活していると色々ありますよね。疲れたり自己嫌悪になったり…近しい人には言えなくても、ここは通りすがりの場所。愚痴も悩みも何でも置いていってください。よかったらお聞きしますよ。」
そう言いながら、ママが頼んだメニューを運んできてくれた。
ミルクティーのミルクはコーヒークリームではなく牛乳。それも大きめのピッチャーにたっぷりと。
アップルパイは温かく、甘さ控えめの軽いクリームと小さなバニラアイスが添えられている。
当たりだ!
心の中で小さく叫ぶ。全てが自分好みで運ばれてきたのだ。
そして、誘うようなママの声。
気がつけば、自分の心の内にあるものを口にしていた。
ママは相づちを打ちながら、聞いている。
一通り口に出すと、不思議と自分の中で何かがわかった気がした。
ママはにっこり笑って「何かいい発見があったようですね。気持ちがすっきりしたなら、自分と向き合うのにカードを引いてみませんか。いくつか種類がありますので、お好きなのをどうぞ。趣味ですが、簡単なリーディングならできますよ。」
ママがいくつかのタロットカードとオラクルカードをだしてくる。
不思議な雰囲気のオラクルカードの箱を手にとりしばらく眺めていると、吸い込まれるような感覚になる。
「自分の心と話す気持ちで引いてみてください。」
カードを順に引いていく。引いたカードはどれも優しい色に優しい絵。優しさが過去、現在、未来へと続く…
「あら、私のリーディングは必要なかったようですね。ご自身が受け取られた通りの意味ですよ。自信を持って進んでいかれて大丈夫。」ママがこちらを向いて微笑んでいる。
「ティーポットにお湯を足しましょう。」
マスターがそう言ってお湯を注いでくれた。
ミルクティーの温かさが身体に染み込んでいく。
前に進むきっかけに身体も心も軽くなった。久しぶりに自分を許し、未来を考える穏やかな時間を過ごしていた…