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"note.com"と毎日検索するようになって約一か月、気づいたこと。

まだ携帯ショップのパンフレットにスマホは5モデル程しかなかった頃、私は中学一年生でスマホデビューし、中校とTwitterデビュー、インスタデビュー、Twitter裏垢デビュー、とソーシャルメディアに「食われた」学生生活を送りました。果てには「闇ボット」と呼べるくらい、暗いジメジメしたポエムちっくな愚痴を、コピーライトを侵害してインターネットから保存した誰かのイラストにのせて発信するようなオンラインソーシャルライフを、17歳まで送りました。

海外進出(?)を機に、自分のフォロワーの数、いいねの数、RTの数などを友達のそれと比べ、そうやって自前で割り出した「クールインデックス」で自分や周りの人の価値をはかることに嫌気がさし、Facebookを除きソーシャルメディアを全て退会し、22歳になるまで人間関係は専ら「オフライン」ですごしました。しかし、私も社会的動物である人間。2020年末、コロナの影響で年末年始帰国できず、孤独を感じ、「私がここにいるという事実」を急にだれかに認めてほしくなって、2021年1月からオンライン復帰を果たしたました。趣味の写真を載せるためのインスタグラムアカウントを開き、noteで自分の考えや情報を発信し始めました。

気づけば、ちょうど定期的に更新するようになってからこの一か月、"note.com"とGoogle検索する毎日を過ごしています(「アプリをダウンロードしろよ」っていうセルフ突っ込み)。今回は、その中で気づいたことを2つ選んで書きたいと思います。

気づき①「どうして新しい"スキ"がないか毎日チェックしてしまうんだろう?」

ネットフリックスのThe Social Dilemma(「監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影」)がきっかけで知ったのですが、Facebook、Instagramなどの設計者は、ユーザーをより長く、よりアクティブにプラットフォームを使ってもらうために「リワードシステム」というアイデアを組み込んでいます。ハーバードメディカルスクールの記事によると、人間の脳は"いいね"などのソーシャルメディアから得られるポジティブな刺激に反応し、ドーパミン(快楽物質)を放出するそうです。繰り返しその刺激(=リワード)を受けることで、脳は「もっとスキが欲しい!いいねが欲しい!ドーパミン欲しい!!!」という半中毒状態になるそう。

もちろん毎日通知をチェックしても、基本新しい"スキ"はありません(通知の多くはnote株式会社から)。しかし、たまに“スキ”をいただいたときには、脳内でドーパミン放出祭りが開催され、しかもそれは予期していないときに起きるので刺激が大きいです。というのも、スロットマシーンが中毒性なのと同じ理由で、脳は予測不可能に投下されるランダムな刺激に、より反応してドーパミンを放出するからです。

ちなみに、他のブログサイトやソーシャルメディアと比べてnoteのいいところは、Facebookなどの広告型メディア(利益を広告収入から得ているプラットフォーム)と違い、「ユーザーをより長くサイトに滞在させる」というインセンティブが低いことです。なので、リワードとしての刺激も"スキ"やフォローの通知のみというシンプルな作りになっています。

それでも、"スキ"をリワードとして私の脳は受け取ってしまい、新しい“スキ”はないか、新しいフォローはないか、などと毎日確かめてしまうんだなと気づきました。5年間オンラインでの活動を自粛していた私の脳には、“スキ”投下によるドーパミン放出祭りは刺激が強く、裏を返せば“スキ”がなかった時にはズドーンと落ち込んでしまいます。リワードシステムと自分の脳に振り回されて、貴重な時間とエネルギーを消費するのは悔しいので、これからnote.comとGoogleのサーチボックスに打ち込みそうになった時には自戒します:「あんた、リワードシステムビジネスモデルのカモやな。」と(まんまとビジネスの手口にひっかかる人を「カモ」というのは関西だけでしょうか?)

気づき②「それ日本語でなんて言うんだっけ?」症候群

もう少し短い名前を付けたかったのですが、ネーミングセンスがなく、すみません。ここで書くことは、私としては、自慢などの自己顕示欲は一切ないのですが、「コイツ英語話せる自慢をして鼻持ちならない」と思われる方もいるかもしれません。予めご了承ください。

私は現在で4年間アメリカに住んでいてるのですが、毎日接する言葉は英語です。簡単に頭の中で日本語から英語に置き換わったり、最初から英語で理解した言葉(学術用語など)もあれば、いまだに日本語でしか理解できない概念もあります。なぜか数字は日本語でしか理解できないので、いつも頭の中で翻訳しています(10 millionと言われたら「え、0何個?」といつも0を数えて、やっと1千万かと納得します)。言葉と考えは深く関係しているらしいので、ある概念を英語で理解して他の概念を日本語で理解している私は、独り言が日本語と英語のミックスになりがちです。数学の問題を解いているときなど、ひどい有様です。「イー to the power of ろくエックス(e^(6x))」 や、「いちたすさん over にじゅうひくご((1+3)/(20-5)」みたいなひとりごとをブツブツつぶやきながら宿題をするので、友達に気味悪がられます。今この時も、「この記事ほんまにmake senseなんかな。」と関西弁×英語のひとりごとを呟いています。

このようにしてアメリカ生活の中で日本語能力をじわじわと落としていった私は、よく「これ日本語でなんて言うんだっけ?」というネイティブジャパニーズスピーカーにあるまじき疑問をもち、たまに英語⇒日本語のGoogle翻訳を使います。しかし、すべての日本語の単語を英語に翻訳できるわけでも、すべての英語の単語を日本語に置き換えられるわけでもないので、英語で簡単に表現できるものが、日本語でなんて説明するのかさっぱりわからないという状況によく陥ります。最近の、noteの記事を書いている間に起きた「日本語でなんて言うんだっけ?」入賞は、competitiveness、prerequisite、qualificationです。それぞれ直訳は「競争力」「必須項目」「応募資格」ですが、違和感を拭いきれません。本当に、プロの翻訳家はすごいなあと思います。いつかハリーポッターの翻訳家の松岡裕子さんが後書きで、"You-Know-Who" を「例のあの人」と訳すのにすごく悩んだとおっしゃっていたことを思い出しました。

話がそれましたが、これからもっと、日本語の本や記事を読んだりするなどして、失った日本語力(もともと持っていたかも不明)を取り戻し、「それ日本語でなんて言うんだっけ?」症候群を克服できるように頑張りたいと思います。

これからnote.comと検索するのは、投稿したり他の人の記事を読むときだけにできるように意識したいと思います!




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