雑談:魚と音
昔からよく聞く「手を叩くと池の鯉が寄ってくる」という話。人が池のほとりに来た足音(振動)をキャッチしてなのか、いつも餌をやる場所に立った人影を見てなのか、本当に「手を叩いた音」を餌に関連するものと学習して寄ってきたのか……よくわからないですよね。実際に我が家の近所の川では、のぞき込むどころか橋の上に立ち止まっただけで集まってきますし。また、立った直後は気づかないけど、手を叩き始めた頃にようやく寄ってくる、というのもありそうです。
魚が音=水中の細かな振動をキャッチすることができるのは間違いないです。側線や耳石などの感覚器官も備わっていますし、このあたりの学問的な知見は多くあります。養殖魚の餌付けの話も、スピーカーと自動給餌器を使った研究などなどがあったはずですが、本稿は雑談として、概略のみということで。
スキューバダイビングをしている人が「水中で、ふたつの石をぶつけてカチカチと音を出すと、イシダイやクロダイなど、好奇心旺盛な魚は寄ってくる」と言いますが、逆に猛スピードで逃げてしまう魚種もいるようです。とはいえ、寄ってきた=餌を食う、とは限りませんね……好奇心はあっても警戒したまま、ということもありえます。
当然の話ですが、釣りにも音は利用されていますね。カツオ漁などで使われる集魚用の散水も、追われた小魚が立てる音の表現で、魚群を誘ったうえで船に引きつけておく効果があると言われています。「ラトル」=コトコト、あるいはジャラジャラと音を出すルアーもありますし、そもそもルアーなどが泳ぐ際に作り出す振動波も、ある意味では音です。
また、今は「Eight Trap」なんて洒落た言い方のある、本来は海で使われていた漁法「8の字搔き」=水中に突っ込んだ竿とその先の疑似餌を岸際で素早く8の字(むしろ左右なので∞)に搔き回し、岸に追い込まれて逃げ惑う魚を演出する釣り方。この、竿が立てる水しぶきもカツオ釣りの散水同様の効果を持つと言われています。
しかしその割に、人為的にウッカリ出して魚を警戒させる不自然な音、振動には無神経すぎる人が多くありませんか?
●水中に伝わる音
で、まず気になるのが、水面上=空気中で発せられた音が、どこまで水中に聞こえているかということ。もちろん水中でもゼロにはなりません。しかし大音量のサイレンなどはともかく、小声の話し声程度では思いのほか水中には入ってかないと考えていいでしょう。空気と水の密度差ですね(逆に水中のルアーの音などは船の上でもかなり聞こえます)。
さらに屈折もしますが、前回の光の屈折とは逆、つまり空気中から入った音は、水底ではなく水面の方に曲がります。
ちなみにシンクロナイズド・スイミングでは、会場に流す普通のスピーカーと別に、水中スピーカーを使って選手に音楽を伝えることでタイミングを合わせているそうです。これも空気中の音が比較的水中に伝わりにくい傍証にはなるでしょう(聞こえることは聞こえるそうですが)。
で、その水中スピーカーのように、直接水に与えた振動……これはしっかり伝わります。岩から伝わる足音、水の中を歩くときの砂利を踏む音や水しぶき、地面の枯れ木を踏み折った音、手漕ぎボートの底で釣具ケースをひっくり返した音……。
もちろん船のエンジンの音やスクリュー音も伝わっています。エンジンに比べれば小さいとはいえ電動船外機の唸りやスクリュー音も伝わっていると考えていいでしょう。釣り場によって、魚によってですが、すべてのスクリューを止め、オールや棹を使って魚の付き場、あるいは見えている魚に接近する状況もあります。海釣りでも(海外の)浅いリーフの中で行われる釣りでは、よくあるようですね。
とはいえ、一般的な海の沖釣りなどはそんなことは言っていられません。深さとフィールドの大きさゆえに、無視できるということでしょうが、比べられる沿岸部のフィールドなら、エンジンと無縁のフィッシングカヤックと、魚への影響を比較したい気もしますね。
もうひとつ……考えてみれば、魚群探知機だって振動子から発せられる振動=音の利用です。調べてみると、浅い釣り場では、その出力の差(小型ポータブル機 vs.漁船等に積む高出力機)で、魚の行動に影響が出ているのでは? という話もカヤック・フィッシング愛好家からはあるようです。
さらに、水中音は直進性が強く、拡散、減衰は少ないと言われていまし、その音がどの程度減衰するかは、環境によります。
急流の渓流なら、河原を歩く足音、水中を歩く音の他にも、滝の水音やせせらぎなど、さまざまな音が響いていますし、水が流れてしまう川上へは伝わっていかないでしょうが、足場の岩そのものから上流へ伝わる可能性は否定できません。その他は? となると、底の地質や水流、深さなどによって、全く予測がつかない、それこそ「よくわからないから注意しておきましょう」という感じですね。
そして忘れてはならないこと。音が伝わる速度は、空気中の5倍近い1500m/秒です。もう、瞬時に伝わると言っていい速さです。
●音といえば……の忘れられない話
音といえば、忘れられない出来事があります。某雑誌のロケである湖のキャンプ場に行ったとき。キャンプサイトの焚き火シーンを撮るための日没待ちで、たっぷりと時間ができたのです。
ふと見ると、ドラム缶を使って作った浮き桟橋の下に大物の魚影…。編集部の新人君も釣りたいと言ったので(撮影の小道具として釣り道具は持ってきていました)、ふたりで岸から離れて100mほどの距離を大きく迂回して、ドラム缶桟橋の真正面から近づき、姿勢を低くしてジリジリ接近、あと20m……あと15m……。水際から10mまで近づいたら、しゃがんだままルアーを投げよう。
と、そのとき。
なぜか新人君はそこから猛ダッシュ。ドラム缶桟橋に勢いよく飛び乗る!ドンガラガッシャーンという桟橋の部材がぶつかる金属音!そして彼は振り返り、満面の笑みで、その音に負けないような大声で叫んだのです。
「さぁ!投げましょう!」
桟橋直下にいた魚にしてみれば、頭上の超至近距離でロンドン塔のビッグベンが連打されたようなものです。あっという間に姿を消しました……。
でもまぁ、そんなものです。こういう「桟橋の直下、水面近くに魚がいる」「透明度が高いので感づかれないように迂回して、姿勢を低くしたまま接近する」と説明してあって、実際にその迂回と、かがんだままの接近を実行中でも、自分の「桟橋から投げたら釣れそう!」という思い込みで上書きしてしまうような大馬鹿者は、あちこちに潜んでいます。
レベルのわからない友人知人と釣りに行くときは、油断禁物です。
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クジラたちは海の中に、遠くまで伝わる層があるのを知っていて、世界中のクジラと鳴き声で通信している……という話もあるくらいです。ひょっとすると、ドタバタ、バチャバチャする釣り人は、釣り場中の魚に「今日はここに鬱陶しいのが何人、こっちには何人来てる」なんて把握されているかもしれませんね。(了)
フライフィッシング入門:目次
https://note.mu/sakuma_130390/n/n85152b3ea6f3