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ウエディングペイ

婚約指輪で、昼食と飲み物代を支払った。

政府のポイント制度。新型のウイルス。IT化。様々な時代の流れにより、硬貨や紙幣を使うことがぐんと減り、キャッシュレス決済と呼ばれる支払い方法が広まった。クレジットカードはもちろん、スマートフォン、キーホルダー、腕時計、更には、腕時計のバンドでも支払いができるようになった。物の価値で物を手に入れていた時代から、ずいぶんな進化だ。

最近流行に乗り始めているのが、婚約指輪を使ったキャッシュレス決済だ。近年、プロボーズを経ても婚約指輪を買わないカップルが数多くいる。プロポーズから入籍、つまり結婚指輪までの期間が短い事や、デザインが派手で普段使いできず、すぐタンスの肥やしになってしまう為、だんだん買わなくなっているそうだ。所謂、コスパが悪い、というものだ。

そんな婚約指輪に付加をつけて売り上げを伸ばそうと、ジュエリー業界が発案した。また、結婚指輪と同様に日常的に指にはめて、大切に長く楽しんでもらいたいという思いも込めているそうだ。

婚約指輪は長らく女性だけのものだったが、このウェディングペイの登場により、男性も購入するようになった。夫婦の左手の薬指に、指輪が二個ある状態が普通になるように、”2個2個4あわせ(にこにこ・しあわせ)”等と、小学生向けのようなキャッチコピーで売り出していた。途中までは良い戦略だと思ったが、このコピーが大変残念に思った。

自分も例にもれず、ウエディングペイの流行に乗っかった一人だ。誕生日の日に、彼にプロポーズをされた。長方形型の指輪ケースには、婚約指輪が2つ入っていた。この指輪を2人でそれぞれ指にはめ、婚約が成立した。

ウエディングペイの指輪は、洋服のようなサイズ展開をしており、だいたいの指に合うように、調整ができるよう設計されている。彼女の指輪の号数を知らなくてもプロポーズが出来るようにと、ジュエリー業界が配慮をしたらしい。

指輪の中央には光り輝くダイヤがリングに埋め込まれている。以前の結婚指輪のように出っ張りがあると普段使いできない為、結婚指輪のように平らになった。ダイヤと共にマイクロチップが入っていて、スマートフォンで自分の銀行口座やカード等と連携の設定することで、支払いができるようになる。


「お支払いは、ウエディングペイですね」

「…はい」

毎朝、出社前に立ち寄るコンビニのレジのおばちゃんは、完全に私を覚えてしまった。ウエディングペイは流行りに乗ってきているとは言うものの、まだまだ人口は少ない。大都会ならまだしも、地方都市の、しかもおっさんばかりのオフィス街でのウエディングペイは、目立ってしょうがない。ただでさえ、オフィスカジュアルな服装で、毎朝立ち寄り、昼食に同じものを購入する、それだけでも十分記憶に残りやすいというのに、その上ウエディングペイで支払ってしまう。そんな風だから、おばちゃんの様々な経験を詰め込んだ脳の隙間にインプットされてしまった。私はこれが大嫌いだ。

行きつけの居酒屋や、高級なブランド店など、顔や個人的な情報まで覚えてもらえるのは凄く嬉しいことだ。しかし、ここはコンビニである。忙しい現代人のために作られたものだ。昼食を作る時間がないから買うため、飲み会で足りなくなったお酒を買い足すため、スーパーが空いていない時間に夕食を買うため。覚えてもらうようなレベルの店ではないのだ。そんな店で、毎朝同じものを購入し、店員に支払い方法を覚えられ、自分から申告する前に先に言われてしまう。朝から気分の悪いことこの上ない。しかも、ウエディングペイを使い始めた初日。

「まぁ、ご婚約されたのね!おめでとう!」

なんて言われてしまった。おばちゃんの、様々な経験の詰まった脳みその片隅に、地方都市のオフィス街で働いていて・最近婚約して・無糖のペットボトルの紅茶と300円の小さなお弁当を毎朝買い・ウエディングペイで支払っていく客、と私が記録されてしまったのだ。気分の悪いこと、この上ない。

違う店で買いたいとも思うのだが、そんなにあちこちにコンビニはない。仕方なく、明日も明後日もこの店に通うのだ。

店の出口で手にアルコールを吹きかけ、オフィスへと向かった。



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2020.9.4公開
2022.1.8 加筆・修正

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