ブルーハワイが食べられない
『ブルーハワイありません。』
とうとうこの駄菓子屋もダメか。私はがくりと音が出るほど肩を落とした。
世の中あれこれ『ダメ』なものが増えた。
少し前までは、半裸の女性がテレビできゃっきゃうふふしていたり、イジメ紛いの罰ゲームを公共の電波に堂々と乗せたいた。
飲みニケーションも今では煙たがられる文化になった。何ハラ何ハラに日々ハラハラしながら生きている。
しかし世間が『ダメ』としていたもので、実は『ダメ』にする必要もないものだってあるんだと声があがり、解放された事も多いだろう。
そんな風潮自体、私は心地よく感じていた。
人権意識が高まり、世間がなんとなく「やさしくなっている」感じがしていたから。
でもだ、最近流行りの『食品を自然な形に!』はないだろう。
『青い食べ物は、不自然だから摂るのはやめよう!』
そんなものは個人でやってくれ。他人に押し付けるべきではない。
しかも青い食品は、案外ある。
一時期流行っていたバタフライピー。こぞってSNSに挙げていたじゃないか!
他にもブルーベリーやハスカップも加工によっては青だし、甘エビの卵やナスの漬物だって青い。
それが半年前だったか、某インフルエンサーの一言によって日本中一変してしまった。
『青い食べ物は、不自然だから摂るのはやめよう!』うんちゃらかんちゃら。
タチの悪いことに、某インフルエンサーは老若男女満遍なく受け入れられていた。好感度が高かった。好感度は今の世の中に必須な価値だ。権力だ。
そんな力を持った人の一声で、じわじわと日本中から青い食べ物は消え失せた。
そして私の大好きなブルーハワイのカキ氷は無くなった。
別にブルーハワイを食べようがバタフライピーを飲もうが、法には触れない。
しかし世間がそれを許さない。どこどこで、こんな人が青い食べ物を食べていた!ありえない!今時そんな!と非難轟々。有罪なのだ。
先程の駄菓子屋も、ブルーハワイのカキ氷を出している最後の砦だった。
私はこれを食べる為、片道1時間の電車に揺られ、気温39°の灼熱地獄に耐えながらバスを30分待ち、最寄りバス停から10分歩いてようやく辿り着いたのに、このザマだ。
ふらふらと薄暗い店内に入る。流石に冷房が効いていて少し生き返る。
先々週までは、小柄な老婆が畳の敷かれた一段高い所にレジスターと一緒にちょこんと座っていた。
今はパソコンをカタカタと打っている、50代位の女性が替わりに座っていた。
思わず「あの、いつものおばあさんは?」と声をかけてしまった。
女性は『ああ、母は熱中症で倒れてしまって入院しているんです。栄養もちゃんと取れていなかったみたいで。良い機会だから、色々病院で診てもらってるんです。』と人の良さそうな笑顔を向けてきた。
私も心配するような顔を向け「それは大変でしたね、でも元気になったらまた戻って来られますよね」と言うと『もう元気なんで心配はいらないんですけど、お店は畳みます。この辺子供も減っちゃったし、それに母はブルーハワイのカキ氷辞めなかったでしょ?…うちの母『お父さんがブルーハワイ好きだから』って、言っても聞かなくって。ご近所の目もあるのに…』とため息を吐いていた。
仕方なく真っ赤なシロップがかかったイチゴ味のカキ氷を食べて帰ることにした。
店内には色とりどりの駄菓子があったが、不自然に青い菓子だけは無かった。
電車に揺られながら、ぼんやりと思い出す。あの駄菓子屋の小柄な老婆とのやりとり。
『珍しいですね、ブルーハワイはお好き?』
私はギョッとしながら、どう答えるか答えるべきか考え黙ってしまった。
『変な時代ですね、ブルーハワイの何が悪いのかしら。私の亡くなった夫はブルーハワイ、大好きでね。娘が小さい頃お祭りに連れて行くと、必ずカキ氷はブルーハワイ。まだ小さかった娘と半分こにしてね、舌をベーっとやって、懐かしいわ。娘もブルーハワイ好きだったのに、最近は『時代は変わったの!世間の目もあるの!なんでわかってくれないの?』って、それはこっちのセリフだわ。』『実際ブルーハワイ食べる人もあなた位だし、このシロップも生産中止なんですって、あと何回分かしら。』『本当はね、もうお店に出すのは辞めて、夫のお供え用のカキ氷だけに使おうと思ったの』『でも夢枕に、あの人が立って『生きて今必要な人に作ってやってくれ』ですって』老婆は寂しそうに笑った。
笑った顔が、先程の替わりの店番の女性の顔と重なる。『お父さんがブルーハワイ好きだから』って、言っても聞かなくって。ご近所の目もあるのに…』
『ご近所の目』がなければ、本当はどう思っていたんだろうか。
『見てほら、これこれ市役所の職員が青いソーダ飲んでんの!』『あー、でもこれ5年前のサエズリだよ。この頃は皆青い飴とか、紅茶とか普通だったじゃん』『でもさー、なんかやだよね』『まあ、今見ちゃうとね。でも今更晒されてんのカワイソ。』『あー過去のサエズリとかヤバいの消しとけってマジ。』キャハハと学生が楽しそうに喋っている。
本当に青い食べ物は、不自然か?そんなに不快か?食べている所を見せちゃいけないのか?見せないようにしているのに見に来ていないか?
乗り換えで、次の電車を待つ。
暑い、頭の中の脳みそが沸騰しているのがわかる。
思考が溶かされているのを感じる。
『自然な食品を!ダメ青い食べ物!』
『ブルーハワイありません』
お前のその青い爪は不自然じゃないのか?
『お父さんがブルーハワイ好きだから』って、言っても聞かなくって。ご近所の目もあるのに…』
赤だって黄色だって黒だってあるのに、青だけダメな理由説明してくれよ!
『ニュース見た?青い食品保護団体?デモやってるらしいよ、メーワク。』
『こないだ捕まった、痴漢警察、甘エビの卵冷蔵庫に入れてたんだってぇー』
それとこれとは全然関連のないの問題じゃないのか?
『やっぱ青いもん食べちゃダメだよね』
私は鞄の中の、駄菓子屋の娘から渡された毒々しい、真っ青な液体の入ったビンをそっと撫でた。
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☀この記事はクロサキナオさんの企画参加記事です☀
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