第1話 予感
ーーー2214年。科学技術の発展は目覚ましく、特に人工知能の開発には各国が躍起になっていたといえるだろう。
その結果、必然的にAIと人類の共存は密接なものになっていた。
とはいえーーー
「とはいえ、こういった怪異が消失するかと言われると答えは『否』じゃがな。」
月明かりに照らされて、二つの影が高層ビルの屋上に伸びている。
長髪の少女と、同じくらいの年頃の子供の影であった。
声は長髪の少女から発せられたらしい。月夜のおかげか、少女の髪は元の白銀の美しさをさらに際立たせている。
きっと人々が見れば「天女」と謳われてもおかしくない程に、その妖艶さは異質だった。
「斯く云う儂も『鬼』だしのぅ、なぁ、美琴。」
銀髪の鬼が何処かつまらなさそうに呟いた先には、美琴と呼ばれる子供がただそこに立っていた。
美琴と呼ばれたその子供は顔の造りだけで言えば非常に整っている部類であろう。
黒く艶やかな髪がその中性的な目鼻立ちをより一層、近寄りがたい雰囲気にさせている。
「そうですね。」
美琴はただ一言、そう答えただけだった。
それ以外には何も。何かを感じたそぶりもなく、ただそこに立っているだけなのだ。
「お主は相も変わらず可愛げがないのぅ、儂は心配じゃぞ。」
「可愛げ・・・ですか。」
その言葉の意味を理解しようとしているらしい。
美琴の額に皺が寄り、人形のような端正な顔立ちに皮肉にも人間らしさを与えていた。
「それは、外見という意味では無いですよね?」
「当り前じゃ。…儂でももう少し人の心の機微が分かるがのぅ。まぁ、儂もちゃんとは分からんがな。」
何かに想いを馳せるように、遠い思い出に身を委ねるように、銀髪の鬼は美琴から視線を外した。
11月の風は思っていたよりも寒々しかったのか、季節にそぐわない薄着のロリータ服に身を包んだ銀髪の鬼が身を震わせる。
「寒そうですが、これ、要りますか?私は寒くないので。」
「儂は風邪をひかんが、お主はひくじゃろう。若干寒いくらいで丁度いいわ。」
「確かにそうですね。次からはもう少し厚着で出てきていただけると幸いです。」
「でも、可愛いじゃろ?」
銀髪の鬼はそう言いながらくるりと一回転し、所謂ドヤ顔というやつで美琴の方に向き直った。
確かに銀髪の鬼が身に纏っている服はこれでもかというほどのフリルとリボンがあしらわれており、彼女の人形らしさを際立たせている。
「アキ様がお気に召されているのであればそれが1番です。」
あまりにも無機質なその回答にアキ、と呼ばれた鬼は肩をすくめる。
AIのような無機質さを孕んだそれはやはり彼女の出自に依るものなのだろうか。
「せめて...鬼の儂よりは人間らしくあってほしいと願うのは儂のエゴなのかのぅ...」
美琴に聞こえない声で銀髪の鬼が呟く。
それでも感覚が鋭いせいか美琴には音が拾われているようだった。
「???アキ様???なにか仰りたいことがあるなら仰ってください。」
「...大したことじゃない。それよりも。」
「はい、来ましたね。」
大きな影が頭上を横切る。
その大きさとは反するような静けさがやけに不吉な予感を掻き立てた。
「はは、大物じゃな。」
こちらをじっと見つめるように大きな鳥が手前のビルに降り立つ。
手強い、どころの話ではない。
「のぅ、美琴。美琴は塩とタレどっち派じゃ?」
「どちらでも良いです。それより...」
「何とかするからそこで待っておれ。」
動き出そうとする美琴を制止し、1歩前に出る。
頭の中で様々な術が交錯する。初めて使うが、吉と出るか凶と出るか。
「儂はタレ派じゃ。」
その瞬間、アキが高く飛び上がる。
重そうなロリータの裾が軽やかにひらめいたと思うと、次の瞬間には大きな鳥を鳥籠の中に捕まえていた。
鳥籠の前にひらりと着地し、まじまじと観察する姿はやはりアキが鬼であることを彷彿とさせる。
「さて、捕まえたは良いものの...お主、抵抗せんのか。抵抗せんならそのまま核にするが良いのだな?」
鳥は微動だにせず、先程同様こちらを見つめている。
挑戦的なのか、無垢なのか。こういったものは愛着が湧く前に始末するに限る。
「彼の世界の物よ。我が配下となり、僕となれ。契約の下にアキが命ずる。」
アキが詠唱すると、その影は核となる...はずだった。
だが、影は影のまま鳥籠の中でただじっとこちらを見ている。
まさか。1つの可能性に思い至る。
「美琴、儂の代わりに詠唱出来るか。」
「でも、アキ様が先程行われましたよね?であればアキ様より力の弱い私が詠唱しても無意味では無いでしょうか。」
「大丈夫じゃ。お主だから出来ることがある。美琴、こちらへ来い。」
アキの口調が少し強くなる。
いつも飄々としているアキがこういった感情を見せることは少ないため、美琴は本能的に身体に力をいれていた。
アキとは打って変わって人間らしく、それでも普通の人間よりは人間離れをしたジャンプをし、アキの隣に降り立つ。
「儂の代わりに詠唱出来るな?」
美琴の顔に手を添え、真っ直ぐに瞳を見つめる。
「かしこまりました、アキ様。」
自分の身体が自分の物ではないような感覚に陥る。
1歩、また1歩鳥に近づき、鳥の前に跪く。
その1つ1つの動作を観察するように、鳥がこちらを凝視する。
「彼の世界の物よ。大いなる力を我に貸し与え給へ。契約の下に酒呑童子が配下美琴が命ずる。」
美琴の詠唱が終わると同時に鳥が光に包まれる。
「成功したか...さてと、今日はタレの気分だったんじゃがそう上手くいくかのぅ。」
眩い程の光が薄らいでいくと、そこに現れたのは小さな子供だった。
「はっはっはっ。年端も行かぬ男児とは...これは想像以上じゃ。」
高層ビルが建ち並ぶ無機質な空間の中で、アキの甲高い笑い声だけが響いていた。
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ゴスロリの幼女と中性的な少女、そして真ん中に幼児(男)。
あまりにも異様すぎて逆にそれが当たり前かのように思わせる。
「さて、これどうするかのぅ...」
「...どうするするかのぅ...で持って帰ってきちゃったんですか!?」
黒髪に眼鏡を掛けたいかにも真面目そうな男が鋭いツッコミをいれる。
思わず机から乗り出してしまいそうになるほどだ。
「仕方ないじゃろう、あそこに置いておいて良い代物ではない。」
「それはそうですが...アキ様でも配下に置けなかったんですから、政府に引き渡すべきかと...」
「こやつ、美琴と契約しおった。」
「美琴さんとですか!?」
「声が大きい。美琴に聞こえたらどうする。煮卵にするぞ。」
「すみません...ちなみに美琴さんは?」
「自室に戻らせておる。人払いの結界も張っている故、この会話も聞こえない。」
「ちゃんと結界張ってるじゃないですか…それで、僕を呼んだ理由は未来を見ろと?」
「分かっておるではないか、童。」
アキがニヤリと眼鏡の男を見据える。
「危険すぎる上に僕では力不足では...?」
「儂が見込んだ占い師がそう簡単に音を上げるのか?」
軽口を叩くようにそこそこ重いボディブローを叩き込むのがこのアキという鬼の特徴だ。
先程まで向かい合っていたはずのアキがいつの間にか隣にいる。
「のぅ?悠?」
上目遣い、というのはこういう事を云うのだろうか。
心臓がトクリ、と変な音をたてる。
その音を隠すように、小さな身体を慌てて引き離した。
「わかりましたよ、対価、高くつきますからね。」
こちらの反応が面白かったのかクスクスと笑っている。
酔いが回っているのかと思ったが、いつもの半量も減っていないところを見るとただの性根の悪さが災いしているだけらしい。
「それじゃ、見ますから。一旦そちらに大人しく座っててください。」
「ほいほい、それにしても...やはり童の使うそれは何時見ても面白いのぅ。」
「東洋のアキ様にすればそりゃ目新しいでしょうね。見るの、正体と影響で大丈夫ですか?それ以上は僕に見える範疇超えちゃうので。」
「応。まぁ、その辺りが関の山よなぁ。」
占い師は自分より格下の物程よく見える。格下というのはつまり、自分より力が下だ、という事だ。例えば僕が低級の妖を占うとイメージまでハッキリと見える。しかし、アキ様の事を占おうとすると大体の事しかわからない。だから今回も恐らく大体の事しかわからないということだ。
「まず、魔術師の逆位置・戦車の正位置・死神の逆位置」
「ほほう、全然分からん。」
茶々をいれるアキを横目にそのまま次のカードを捲っていく。
「そのまま影響も見ちゃいますね。...はは、これは凄い。全部大アルカナのカードなんて初めて見ましたよ。審判の逆位置・運命の輪の正位置・吊るされた男の正位置です。」
「ふむ、で、どうじゃ。こやつは儂らに害を成すか?」
「結論から言うと、どちらに転ぶか分かりません。ただ、強大な力であることは間違いが無いし、私たちの関わり次第でどちらにも転ぶんだと思います。悪魔の正位置や塔のカードが無かったことが救いですね。正直僕に見れるのはこれくらいです。」
「ありがとう、助かった。やはり美琴か。」
「この結果、美琴さんに伝えるんですか?」
「結果は伝えんが、世話は美琴に任せる。恐らくそれが1番よかろう。」
「そうですか、あともう1つ、お伝えしたいことがあります。運命の輪の正位置、気をつけてください。本当にどちらに転ぶか分からないです。」
「応。ありがとう。対価は今度持ってくる。」
いつの間にかあれだけ残っていた酒が空になっている。
「また呼ぶ、童も体調に気をつけるんじゃよ。」
あどけなさが残る顔とその優しい声の違和感に何とも言えない感情が渦巻く。
「アキ様も、何かあれば必ず呼んでください。」
「応。」
そう言ってヒラヒラと手を振りながら部屋を出ていった。
あの小さな身体で結局4升空けたらしい。
部屋には空になった酒瓶と、強烈な結果を残したタロットカードと自分だけが取り残されていた。
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「美琴、入るぞ。」
返事も聞かぬまま部屋のドアを開けると、美琴は部屋の真ん中でただ正座で座っていた。
「何をしとったんじゃ?」
「アキ様がここで待て、と仰っていたので待っていました。」
「...そうか。」
自分でもよく分からない寂しさを、美琴の頭を撫でることで解消しようとしたが上手くいかなかった。
美琴は感情が薄い。それは彼女の出自に依る物が大きい。
そもそも、美琴には15歳までの記憶がすっぽり抜けている。
その後里親に引き取られたが、妖が見える体質は今ではかなり珍しく、1年半たらい回しにされ、家に来た。この1年半で人並みの感情に近くはなったがまだまだ心配が尽きない。
「のう、美琴。あやつの事だが、美琴に任せようと思うんじゃが良いか?」
「それがアキ様のご命令ならば。」
「そうか。一応確認じゃが、あやつは危険じゃ。儂が仁の小仁じゃから、あいつはその更に上じゃ。それでもやるか?」
じっと美琴の目を見つめる。
「はい。」
これはきっと本当の美琴の意思では無い。そもそも意思なんて物がない。
それでも、美琴以外に頼むことが出来ないのも事実だった。
「頼んだぞ、美琴。」
そう言い残して部屋から出る。
これで正しかったのだろうか。わからない。
美琴と鳥。懐かしいことを思い出す。
「...鳥か。のぅ、啓史。儂はこれで良いんじゃろうか。」
月明かりが1匹の鬼を物悲しく照らし出していた。
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