第2話 始まりの詩
昔は高層ビルと呼ばれた高さのビルが群居する中に、埋もれるようにその場所は在る。
庭と呼ぶには少し小さい庭園の中で、5歳程の男の子が駆け回っている。
そしてその様子を縁側に腰かけた鬼が微笑ましそうに眺めている。
「美琴!次はキャッチボールしたい!」
5歳児の体力は凄まじく、美琴と呼ばれた高校生位の女の子が若干辟易していた。
「あと少しだけね。」
そうしていつものようにキャッチボールが進められていく。
僕は縁側に腰かけている鬼に声を掛ける。
「上手くいっているようで何よりです。」
「久しいのぅ、童。」
鬼は答えると、隣に来いとでも言うように傍らを手で叩いた。
「お久しぶり、という程久しぶりではない気がしますが...お久しぶりです、アキ様。」
「長く生きていると寂しくなる事もあるからのぅ、久しく感じてしまう時もあるのじゃよ。」
そう呟いたアキ様はまるで人間のようだった。
人間では無いとわかっていても。
「アキ様、もう無理です。助けてください。」
先程から5歳児を相手にしていた美琴がついに音を上げたらしい。
「美琴、おばあちゃんみたい。」
「蒼空が元気すぎるんだよ。」
心配になる程無機質だった美琴の感情の色が少し強まっている事は素直に嬉しい。
運命の輪はまだ良い方向に回っているようだ。
「仕方がないのぅ、ほれ、こっちで団子でも食べい。」
「お団子!!!!!」
蒼空の顔がパッと明るくなり、一目散にアキの方へ走っていく。
それをゆっくりと追いかけるように遅れて美琴も蒼空の隣に座る。
「お団子美味しい〜!」
「なら良かった。」
「美琴、お話して!お話!いっつもアキ様がしてくれるから、今日は美琴のが聞きたい!!!」
美琴はあからさまに困った顔をアキに向けるが助け舟は出して貰えなかったようだ。
「そうしたら...1つだけ。」
「うん、どんなお話???」
「ある時、真珠のように美しい心の持ち主が、人魚の唄に誘われて大事な言葉を奪われた。澄んだ心の持ち主は、三日三晩涙を流した。やがて涙は枯れ果てて、澄んだ心は燃え盛り、花に自分の全てを込めた。幾千年の時を超え、その花の蕾が開く時、世界は一変するだろう。...っていうお話。」
「世界、どうなっちゃうの?」
「それは私も知らない。」
「なんだか悲しいお話じゃのぅ。ほれ、おやつも食べたし、そろそろ昼寝の時間ではないか?」
「美琴、寝かしつけてやってくれ。」
「かしこまりました、アキ様。」
「それと、美琴。今の詩、なぜ詩った?」
「母が昔よく唄っていたんです。なぜかそれだけはよく覚えていて。母の事も覚えていないのに、この唄だけは唄えるので。」
「なるほど。少し気になっただけじゃ。蒼空を頼んだぞ。」
「はい。」
アキは蒼空と手を繋ぎながら部屋を去る美琴を神妙な面持ちで見送っていた。
声をかけようか迷っていると、空気を察したのかアキ様の方から声をかけられた。
「童。今の詩、知っておるか。」
「一応力のある者ですから。勿論知っていますよ。『破滅の詩』ですよね。既に2つ目までは終わっていますが、まだ効力のある予言の神託ですから。」
「そうじゃ。100年前の予言の詩じゃ。なぜあの子が知っているのか。」
100年前、力のある者の中でも一目置かれていた娘が神託を聞いた。
それがこの『破滅の詩』だ。
一体何の事を指しているのかが分からなかったため、一般に向けては非公開になったが力のある者の中では知らない者はいない有名な詩。
アキは美琴は知る必要が無いと思って黙っていた。のに、知っていた。
「のぅ、童。儂の手足となる覚悟はあるか?」
片手に持っていた酒瓶を置き、こちらをちらと見る。
美琴と2人でいた時より、アキは何だか弱くなったような気がする。
いや、違うか。強くなろうとしているのか。
「仰せのままに。なんなら契約をしてもいいですよ。」
その最後の一言が気に食わなかったらしい。
ふい、とそっぽを向きながらアキが答える。
「儂はもう誰とも契約はせん。童、お前とは尚更じゃ。」
「それは残念。」
これは本心だ。
「それで、まず何をしたらいいでしょう?」
「子守りじゃ。」
アキ特有のドヤ顔が目の前にドンと広がっていた。