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買い物をしないという美徳、物を捨てるという愛
年末年始は子どもが帰省し、実家で数日を過ごすことが多いと思う。
そんなときに親世代が考えてみたいことを書いてみたいと思う。
久しぶりに帰った実家は、落ち着く、楽しい、に隠れて「物が増えたなあ」と感じている子世代が多いのではないだろうか。
子育てが終わった夫婦。
まだ働いている場合も、年金暮らしの場合も『大金はなくても小金はある』から小金はついつい買い物に使ってしまう人も多いと思う。
子育て終わってるから暇もあるし、部屋は余ってるし、買っても置き場所に困らないとは思う。
だけど、いつまでも若くはない。
太るのは簡単、痩せるのは大変と同様に
『買うのは簡単、処分するのは大変』
その荷物、いつ誰が片付ける?
そしてそんな親たちは最近の買い物だけじゃなく過去の物もたくさんあるケースが多い。
子どもが幼い頃のファーストシューズや乳歯、へその緒、七五三の着物、絵や工作、学校の制服までみんな取っておいてる、とかよく見聞きする。
当の本人に聞けばそんなの要らないよと言われること必至だけど、思い出だから捨てられないと言う人が多いと思う。
でも掘り下げれば本当にそうなのか?
普段は奥深くに仕舞ってて見ることもないはず?
思い出は心にあるもので、実際の物がなくてもいいのでは?
そしてもっと掘り下げれば、それらは『子育てを頑張った自分とその勲章』だと思ってるのでは?
物はあくまでも道具であり、手段であり本質ではない。
思い出と言う名前の遺物。
最近、暇つぶしで買ったガラクタ。
子ども部屋に押し込まれたこれらの物、
あなたの没後にはすべてゴミ。
それなのに愛してやまない子どもに山ほどのゴミという負債を残し
『こんなにたくさん物を残すなんて!』
と捨て台詞を言われながら捨てさせたいですか?
だから
意味もないのに古い物を持つのはやめよう。
意味もないのに買い物をして物を増やすのはやめよう。
そして今ある物も少しづつ整理して減らそう。
と提案したい。
子どもが久しぶりに実家に来たとき
『あ、物が少なくなってる。うちの親、終活してくれてるんだな、これなら物につまづいて転んだり、地震で家具が倒れたりの心配もないなあ』
と安心させて欲しい。
そして無駄な買い物をやめて、小金は現金で残して欲しい。物と違ってお金は介護にも医療にも葬儀にも使える安心料になる。
それが本当の美徳であり、子どもへの愛情だと私は思う。