#1 ぬるいカフェラテとお人好し
本日の最高気温は34度、車の中は40度を超えるような夏の火曜。
中古で買った安い軽自動車が、「もう頑張れないよ」という音を立てて稼働している。
涼しさを求めてカフェがある本屋に立ち寄ろうとした。
駆け込んでハッとする。
入り口に保険屋さんの若いお姉ちゃんが立っている。しまった、暑さで入り口のチェックを怠ってしまった。
店に入るまでの扉と扉の間は、冷房の涼しさと外の熱風とが中途半端に混じり合い、暑い。例えるならば、氷の量を間違えた中途半端にぬるいカフェラテのような気持ち悪さがそこにはあった。額から汗が滲む。汗が空気のぬるさを加速させる。
「こんにちは〜、今、簡単なアンケートにご協力いただいていまして〜お時間よろしいですか?」
女の子の甘い声とともに差し出される、可愛い柄のポケットティッシュ、綺麗に塗られたネイル。
わたしはこう言う時に相手の目を見ることができず下を向いてしまうので、見えるのは、足元にひかれたレンタルのマットと、可愛い柄のポケットティッシュと、彼女の綺麗な手と対照的な、傷だらけの汚い自分の手。
急に恥ずかしくなり、シュッと手を引く。
足元を見た際に見えた足は、わたしの足を含めて4人分。
おっと、、相手は3人いる。一方でこちらのパーティーはわたし1人だ。
暑くて今すぐにでも本屋に入りたい人はたくさんいる筈なのに、わたしの後ろには誰も入ってこない。1人でも後ろから入ってきてくれたら、押し出されるようにして前に進めるかもしれないのに、誰もこない。
この本屋には入り口が4つある。さてはみんな、そっち側から入っているな、、?わたしをおとりにして、、?
そんなことを考えている場合では無く、いつの間にか3人分の足に取り囲まれる。
差し出されたポケットティッシュはいつの間にか、アンケート用紙に変わっていた。
「もし、よろしければ、、今、キャンペーン中で、、、抽選でアイスクリームの、、、」
内容が途切れ途切れで入ってくる中、わたしはヘラヘラ愛想笑いをしながらアンケートを足早に書いていく、焦りなのか暑さなのか、額からは滲んだ汗が流れていく。
昔から、断れない性格だった。
さすがに宗教ごととか、ネズミ講とか、恋人とか、そういった人生が揺るがされるような大きなものは断ってきたが、断らなければいけない状況というところまでは、ひと通り声をかけられたということだ。
きっとわたしは声をかけやすいのだろう、見透かされているんだろう。
中途半端なお人好し感というか、八方美人というか、ことなかれ主義みたいな、ぬるい部分が。
この、今わたしがアンケートを書いている空間のぬるさは、自分自身の温度と一緒だった。
熱くなりすぎることも、冷たくあしらうこともできない。
サウナには長時間いられないし、かといって水風呂は心臓がキュッとなって怖くて入れない。
そのくせ、ちょっとぬるい温泉に当たったらショックを受けたり、カフェでぬるいカフェラテが出てきたら落ち込む。
家で食べるカレーは、熱々じゃないと気が済まなくてチンをする。
ぬるいなぁ。
アンケートを書き終えた頃、最後に
「抽選で当たるプレゼントを送る際に必要なので、よければここの住所部分の記入をお願いできますか?」
とお姉さんがキラキラした瞳でこちらを見ている。顔をあげちゃった。
「あ、それは、遠慮しておいてもいいですか」
「そうですか、ご協力ありがとうございました〜!」
最後に顔を上げて、勇気を出して断ったのが、「住所は教えない」
ということ。
笑っちゃった、ここでなら最初から通り過ぎたらよかったのに、ができないのがわたしなんだ。
このぬるさから抜け出すことができないのも、情けなくてだるくて笑える。
お人好しなんてなるもんじゃない。
その後駆け込んだカフェで頼んだカフェラテは、わたしには不釣り合いなくらいにキンキンに冷えていた。
だけど、気づかないうちに、白いスカートの上にこぼしていて
小さな茶色いシミがついていた。ショックを受けた。
これは、中途半端なお人好しをした罰だ。そう言い聞かせて、帰り道は違う扉から帰った。
〜ぬるいカフェラテとお人好し〜