
「人類愛」は、果たして「より善い未来を望む精神」であるか
お久しぶりです。今回は考察……というか、可能性の提示といういつものアレです。
今回のお題目は「人類愛」。ツングースカ・サンクチュアリでも取り沙汰され、地獄界曼荼羅平安京では新しく「ビースト」の認定条件に加えられたもの。
今回はこれに迫ります。
※諸注意※
以下のネタバレを含みます。
・ビーストⅣ:Lost、光/闇のコヤンスカヤのマテリアル
・本編第2部5.5章「地獄界曼荼羅 平安京」
・第1部終章冠位時間神殿ソロモンのシナリオ
・マーリンのバレンタインストーリー
・その他FGO全体のネタバレ
以上が大丈夫な方だけ、お進みください。
それでは、始めます。
人類愛とは?その定説について
「人類愛」。それは人類を滅ぼす「七つの人類悪」に至るための前提条件。
「地獄界曼荼羅 平安京」にて、そのような説明が安倍晴明の口から説明がありました。

「人類愛があって、初めてビーストになれる」という情報は、考察界隈に大きな波紋を呼びました。それで「ビーストは人類愛を持っている」派と「ビーストは人類愛を失った」派とに分かれたりしていました。
いやー、遠い記憶のようですが、確かまだ一年も経っていないはずです。時の流れって怖いね。
そも。この「人類愛」ってなんぞや?と思った貴方。考察しませんか?その定義化は非常に難しいと言わざるを得ません。未だ纏まらぬ問題です。
故に、その考察は多岐にわたりますが、ここでは定説(あくまで筆者の主観)として一つの考察をあげましょう。


「冠位時間神殿ソロモン」にて、ギルガメッシュが上記画像のように発言します。
「真に人理を脅かすものは、人理を守ろうとする願いそのもの」
「より善い未来を望む精神が、今の安寧に牙を剥くのだ。」
この部分に着目し、ビーストになるために求められる「人類愛」とは、
「より善い未来を望む精神」ではないか?というのが、管見の限りの定説です。
「より善い未来を望む精神」に抵触する者
……しかし、私はこれに対し甚だ懐疑的です。
と、いうのも。この「より善い未来を望む精神」に抵触しながらも、ビーストにナンバリングされている輩共がいるからです。
1人……というか一匹目はフォウくん。
フォウくんは「冠位時間神殿 ソロモン」にて、その正体が7つの人類悪の一つ、「ビーストⅣ」であると明かされました。


彼はマーリンの使い魔、キャスパリーグ。
アーサー王伝説ではエクスカリバーすら致命傷にならない正真正銘の化け物な訳ですが、彼について、マーリンのバレンタインストーリーで興味深い台詞がありました。


「マーリンとフォウくんは発生経緯が似ている」
「故に姿形が似ている」
これはフォウくんに迫る上で非常に重要な台詞です。
なぜかというと、この台詞は「マーリンに迫ること」≒「フォウくんに迫ること」である。そう言っているのと同じだからです。
ではフォウくんの何が「より善い未来を望む精神」に抵触するのか。
それは先ほども言った通り、マーリンに迫ることでわかります。
マーリンが人理焼却や人理凍結の最中において、普段引っ込んでいるアヴァロンから出張しているのはひとえに「彼の趣味だから」と言えるでしょう。
彼は人間が作る紋様を愛し、眺めることが好きなのです。その中でも、人間たちのハッピーエンドは彼にとって最高の紋様。
そのため、彼は人理焼却や凍結の最中、徒歩でアヴァロンからやってくるのです。
マーリンを所持していらっしゃる方は、一度マテリアルを読み返してみるのもいいでしょう。(持ってない?調べてオネシャス)その上で、一度考えて見てほしいのです。
「マーリンの動きや動機のどこにより善い未来を望む精神があるのか」を。
「嫌々、マーリンはハッピーエンドが好きって言ってたじゃないか!」と思った方。
それはそうです。でも、それは果たして「より善い未来を望む精神」と言えるでしょうか?。
彼が本編にて(徒歩でマラソンしてでも)藤丸達に手を貸すのは、「藤丸の個人的なファン」というのも大いにありますが、そもそもの現状を維持すると、彼の大好きな「人間の作り上げる紋様」が木端微塵の状態であることも理由として挙げられます。
故に、現在のマーリンの動きは、本来の彼の行動からかけ離れた、一時的なものなのだと考えられます。

この趣味、というか趣向(人の営み/紋様を見る事)は「フォウくん、マーリンの共通項である」とマーリン本人が語っています。
つまり、マーリンやフォウくんに「より善い未来を望む精神」があるのかをみるには、こちらの「本来の2人の動向」を参照する必要がある、と考えます。
「人の営みを眺め続けること」「人間の作り上げる紋様をみる」というのが、
「より善い未来を望む精神」にあたるか。
私はそうは思いません。
何故なら、彼らは傍観者であって「自ら紋様を作り上げる側」ではないからです。
それこそ、彼らが「自ら紋様を作り上げる側」ないしは「紋様を作る人々に積極的に関わるスタンス」であったのなら、「より善い未来を望む精神」に当てはめても違和感はなかったでしょう。
しかし、彼らはどこまでいっても「傍観者」なのです。現在展開されているストーリーのような役回りこそ異常事態である、と考えます。


では、二匹目に移ります。それは、「ツングースカ・サンクチュアリ」にて展開された固有結界の主───────そう、タマモヴィッチ・コヤンスカヤです。
彼女については「ツングースカ・サンクチュアリ」を見てもらう方が手っ取り早いのですが、いかんせん期間限定イベントなのと、ストーリーが思った以上にスカスカスーカーなので、ゲーム内materialからご説明します。


サーヴァントとなり、カルデアに召喚された2騎のコヤンスカヤから見ていこうと思います。この2騎は封神……というか卵として封印されたビースト(擬き)のコヤンスカヤから分かたれた、二つの欠片である、とゲーム内materialにあります。
分たれたカケラなので、ビースト(擬き)のコヤンスカヤを知る上で重要なファクターとなります。
この上記画像、どちらを見ても「人類を滅ぼす/衰退させる」とはありますが、
「人類、もしくは人理のより善い未来を望む精神」的な事は全く触れられていません。あれれ〜可笑しいぞ〜?
定説に則るのなら、コヤンスカヤにも「より善い未来を望む精神」がなくてはいけません。
今度はビースト(擬き)になったコヤンスカヤのゲーム内materialを確認して見ましょう。


はい。(はいじゃないが)
彼女のビーストⅣ:Lostとしてのmaterialにも、ついぞ「より善い未来を望む精神」は出てきませんでした。(己の解釈上は)
しかし、「ツングースカ・サンクチュアリ」にて太公望は「彼女にも人類愛はある」と明言していました。


上記画像の太公望の台詞を鑑みるに、ビーストに成る為に必要な「人類愛」は、
「より善い未来を望む精神」とはまた違うものである可能性が出てきた、と言えるでしょう。
フォウくんやゲーティアのことを考えれば、むしろそちらの方が有力説に今後なっていくのではないでしょうか。
終わりに
いかがでしたか?眠れなくて始めた可能性考察、気がつけば朝の8時前です。
怖いね。フミンショウカナァコワイナァ
少なくともビーストⅣは、人類、人理に対し「こうしてほしい!こうあってほしい!」という「より善い未来を望む精神」「願い」とは無縁の存在だと考えられます。
お分かり頂けましたでしょうか。
次回も何か考察もどきができそうなのを見つけたら投稿します。
またお会いしましょう!俺の解釈は出したので、お前の考察を見せろください。
宜しければ感想、ご指摘をこちらにお寄せください!