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落語の小説「五時間目」

「はーい、席に着いてー、5時間目の授業始めるよー。」

5時間目の始業ベルが鳴るのを教室の外で待っていたかのように、担任の高田先生が勢いよく飛び込んで来た。

「5時間目は給食も食べてお昼休みに遊んで眠たくなると思うけど、みんな頑張って勉強しようね!」

「はーい!」

五年一組は良いクラスだ。優しくて頼りになる高田先生のおかげで一つにまとまっていると思う。

「今日の給食は美味しかったかな?」

「美味しかった!」

「良かった!成長盛りのみんなはいっぱい食べて大きくなるんだぞ!」

みんな高田先生の事を心から信頼しているし、大好きだ。

「今日の給食はみんなが一学期から手塩にかけて育てた豚のハナコのポークソテーでした。」

「・・・え?」

「ケイコちゃん、今、先生なんて言った?・・豚のハナコがどうとかって・・先生!」

「はい、斎藤さんどうしましたか?」

「今、豚のハナコって言いましたか?」

「はい、今日みんなが食べたのはみんなが一学期から一生懸命育てた豚のハナコでした。それでは授業を始めます。5時間目は命の授業、人間はいろんな生き物の命をいただいて生きています。みんなも今日、豚のハナコの命をいただいたわけだけど、それについて今何を思っている?何を考えている?それをみんなで話し合いましょう。」

「はい!」

「はい、斎藤さん。」

「考えるタイミングが違うと思います。」

「と言うと?」

「と言うとではなく、普通こういうのって食べる前に食べるかどうかも含めて話し合いますよね?私たち、ハナコの命をいただいたっていうか、知らない内に入ってきてたって感じなんですけど。それに、ハナコを飼い始める時に私達先生に聞きましたよね?これ最終的に食べるやつじゃないんですか?って。そしたら先生言いましたよね。「食べないよ」って、あれは何だったんですか!?

「あれは、ブラフだよ」

「ブラフ?・・なに?うそ?先生私達に嘘ついたんですか!?」

「ついたよ。」

「先生がそんな事していいんですか!?」

「それが人生なんだよ。」

「・・何?この妙な説得力・・」

「じゃあ先生からもみんなに質問させてくれ、先生がハナコを食べないって言った時、本当にみんなそう思ったのか?鳥やうさぎを飼ってるんじゃない。豚だぞ?時々TVでもあるよな、命の授業。本当に食べないと思ったか?本当は気づいてたんじゃないのか?いずれは食べる事になるって。君たちは豚のハナコを知らずに食べさせられた被害者じゃない。食べると知っていたのに知らないふりを続けた加害者なんだよ!ヒャッーハッハッハッ!」

「怖い!!!先生のキャラが変わった!!」

「ハナコ・・ごめんね、オエー!」

「ケイコちゃん!?」

ケイコちゃんはクラス1優しい女の子。ハナコを食べてしまった良心の呵責から勢いよく戻してしまった。
ツーンとした嫌な臭いが教室に広がっていく。

「先生!ケイコちゃんが戻しました!保健室に連れて行きます!男子手伝って!」

「ダ、ダメだ!扉に鍵がかかって開かない!」

「え!?」

「窓も、もう一つ鍵がかかってて開かない!」

私達が気づかない間に窓には二重ロック、扉は外側から何者かによって鍵がかけられていた。

「ダメじゃないか授業中に立ち歩いたら・・5時間目が終わるまでは一人も教室から出さないぞ。」

先生の右手には窓の鍵。先生はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、それを見せびらかすように自分の顔の上に持ってきた。そして口の中へ放り込むと、ゴクリと鍵を飲み込んだ。

「狂ってる!!」

「さぁ、授業を初めよう!」

満面の笑みの先生はまるでデスゲームの進行役のようだ。

「う、オエー!」
「ダメだ、オエー!」
「俺も、オエー!」

極度の緊張感と換気も出来ず行き場を失ったケイコちゃんのゲボの臭いが教室中に立ち込め、他の生徒たちもつられゲボを初めてしまった。

「先生鍵を開けてください!もう教室は地獄絵図です!!」

先生に私の声は届かない。

先生は生徒たちのゲボの音を心地良さそうに聴いている。教壇の上の指し棒を手に取ると止まらないゲボの音に身を委ね指揮を取り始めた。

「はい!」
「オエー!」
「次!」
「オエー!!」
「もっと!」
「オエー!!!」

指揮者に操られるように、指し棒で差された生徒が順番にゲボを吐いていく。

「ゲボオーケストラ!!・・みんな落ち着いて!このままじゃ、足の踏み場もなくなるわ!みんな落ち着いて!・・本当にあのポークソテーはハナコなの?ハナコがお肉にされるところを誰か見たの?それこそ先生のブラフかもしれない。冷静になって!」

「俺は見たよ。」

教室の隅の方から聞き馴染みのない声がする。

「今、喋ったの誰?・・大和君?一学期に転校してきて今まで一言も発さなかった大和君?」

「俺の住んでるマンションは学校のすぐ隣り。ベランダに出るとよく聴こえるんだ。豚の鳴き声が。でも、今朝の鳴き声は違ったなぁ。まるで断末魔のような叫び声だった。ヒッヒッヒ!」

「二度と喋るんじゃねぇ。・・生徒側にもモンスターがいるなんて・・。でも、鳴き声を聞いただけでハナコがお肉にされるのを見たわけじゃない!優しい先生がそんな事するわけない!!」

「斎藤さん、私に任せて。」

「ケイコちゃん・・ゲボは大丈夫?」

「一通り吐き終わった。ほら、見て、『しらたき』昨日の晩御飯のすき焼きまで遡ってる。もう大丈夫。」

先ほどまでと違い、力強いケイコちゃんの瞳に私の心も少し落ち着きを取り戻した。

「先生!一つだけ質問させてください。」

「何かな?」

「先生はマンションの10階に住んでいます。カーテンを開けると、向かいのマンションでちょうど殺人事件が起きその犯人と目が合ってしまいました。犯人は先生の方を指差して何かを言っています。さて、何と言っているでしょう?」

「・・ケイコちゃん?それ・・なに?」

「これはね、サイコパステストって言うの。多くの凶悪犯罪者はこの質問に対して同じ答えを出すの。この質問で先生が本物のサイコパスかそれとも演技しているだけか暴き出して見せるわ!」

「ふん!くだらない。先生が出るまでもない、俺が答えてやるよ。」

「大和・・あいつ何で先生側に立ってるの?」

「指を差して何か言っているか・・こうじゃないか?『次はお前の番だ!』ヒッヒッヒッ。」

「あんな事言ってるけど、ケイコちゃんどうなの?」

「フツー。大抵、普通の人はそう答えるの。大和君は普通。」

「俺の右手に宿りし、封印された龍の力で向かいのマンション事燃やし尽くし・・」

「ケイコちゃん、まだ何か言ってるよ?」

「こじらせてるだけー。何年か経って今日の事を思い出したら死にたいくらい恥ずかしくなるだけー。さぁ、先生!答えてください!!」

「そうだなぁ、よく分からないけど口封じで殺すために何階に住んでるのか階数を数えてるんじゃないか?」

「・・斎藤さん・・詰んだ。多くの凶悪犯罪者の答えと同じ。先生は本物のサイコパスよ。」

「ケイコちゃん・・だから何?この時間無駄じゃない?それ今どうでも良くない!?・・とにかく!私は自分で見たものしか信じません!ハナコのお肉だなんて信じない!」

「じゃあ、証拠を見せようか。」

そう言うと、先生が床に置いてあったダンボールから何かを取り出し教壇の上にドンっと置いた。

「豚のハナコの頭だ!」

教壇の上にドンと置かれたのは間違いなく豚の生首だ。

「・・豚?ハナコ?イヤーーーッ!!!」

教室が阿鼻叫喚に包まれる。
先生は豚の頭を両手で掴むと、ライオンキングの名シーンのように豚の頭を頭上高く掲げ血走った目で叫んだ。

「ハナコだーー!!」

生徒が叫べば叫ぶほど、先生の狂気も増していく。生徒の恐怖を食べて大きくなる化け物のようだ。

「ほーら、ハナコだぞ!一生懸命育てたハナコだ!・・ん、ん、ん・・。」

先生の狂気は止まらない。
豚の頭をマスクのように被り、豚人間になった先生が喋る。

「みんなー!私のお肉は美味しかったかブー!?」

「やめてーー!!夢なら早く覚めて!!落語なら早くサゲてーー!!!」

楽しかったはずの教室はいつこんな地獄になってしまったのか。

「やめてよ!ハナコが可哀想だ!」

「・・誰だ?」

豚の頭を脱ぎ、顔面に付いた豚の血を拭いながら先生が言葉の主を探す。

「山岡君か?・・そうだよな、お肉になるなんて可哀想だよな。でも、みんな考えてくれよ。さっきまで給食美味しかったって喜んでたろ?何で他の豚なら良くてハナコなら可哀想なんだ?おかしくないか?」

憔悴し切った私達に考える頭などもう残っていない。

「今日のポークソテー美味しかったろ?肉厚でジューシーで。太丸君どうだった?」

「・・美味しかった。」

「そうだよな。大盛田さんどうだった?」

「ジューシーだった。」

「そうなんだよ。メガ盛山さん・・」

「食欲旺盛な生徒にばかり聞かないでください!」

「じゃあみんなに聞こう、今日のポークソテーどうだった?肉厚でジューシー、思い出してみてくれ、あの味を!」

「・・・ゴクリ」

「ん?今、誰かが唾を飲み込む音が聞こえたぞ?ほら!みんなあのポークソテーを思い出してごらん!」

「ゴクリ。」「ゴクリ。」「ゴクリ。」

良い音色だ!

「また指揮棒を振ってる!生唾オーケストラ!みんな落ち着いて!あれは豚のハナコだったのよ!」

「斎藤さん君もポークソテー食べたいだろ?」

「私は・・いらない!!」

「・・そうか、それはそれでいいんだよ。肉を食べる食べないは強制することじゃない。ただ、斎藤さん君の好きな食べ物は何だったかな?」

「私の好きな食べ物は・・お肉。」

「どんなお肉?」

「血の滴るような!」

「今日のポークソテーどうだった!?」

「血湧き肉躍る美味さだった!!」

「それでいい!大塚先生入ってきてください!」

教室の扉の鍵が開く音がする。入ってきたのは副担任の大塚先生と・・

「・・ハナコ?ハナコだ!!」

「みんな騙してごめんね。見ての通りハナコは生きてます。この授業の為にハナコは別のところに隠してました。今朝、大和くんが聞いたハナコの悲鳴はハナコが別の檻に入るのを嫌がって鳴いてただけなんだ。」

「じゃあ給食のポークソテーは?」

「あれは先生がスーパーで買ってきたポークソテー。豚の頭は市場で買ってきたんだよ。」

「なぁんだ、良かった。」

「先生はサイコパスなんかじゃないぞ笑」

「でも、鍵を飲み込んで豚の頭を被った・・」

「もういいじゃない!!これ以上はやめよう。・・ハナコ、元気で良かった!」

「ここで、先生から君たちに質問です。今、このハナコを見てみんなが何を思っているか聞かせてほしい。みんな今何を思ってる?」

「明日もポークソテーだ!」


「命の授業」初演
2022年7月20日
ルート9three公演 神田明神



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