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遺された私たちにできること

5年の闘病の末、友人が乳がんで他界してから5年になるだろうか。
全く病気のそぶりを見せず、ご家族にも口止めして、黙って逝ってしまった
友人の死を知ったのは、彼女が荼毘に付された日だった。
誰にも言うなと言われていたけれど、もう、いいかと思って。
遺された息子さんからそう電話をもらった。

近しかった友人二人にも連絡し、お花を持って彼女のいないお家に伺った。
成人しているとはいえ、まだ、若い子ども達。
先行き心配だっただろうなぁと思ったり。
いや、これだけちゃんと育ってれば、だいじょうぶ、と安心していたかな、と思ったり。

こまめでよく気の回る友人がラインを立ち上げてくれたおかげで、
弔問以来5年、訥々とお子さん達とのやりとりが続いている。
なにができるわけではない。
お母さんいなくなっちゃった穴なんてどうやっても埋まらない。
そんなことは、私達が一番よくわかっている。
私達でさえ、いなくなった彼女のあけた空洞が未だにうまらないんだから。

でも、埋まらない穴を抱えながら、前を向いて歩くために
時々「ラインでどうしてる?」と声をかけたり
ちょっとご飯食べようよ、と一緒に出かけてみたり。

友人二人と私、おばさん3人組は、キャリアも家族構成もバラバラで、
得手不得手もバラバラ。できることもバラバラ。
だから、というのか、おかげさまで、というのか、
お子さん達のやりとりにも出せる知恵が自然と違ってくる。

数ヶ月前に、お嬢さんのご懐妊がわかった。
ここはすでにおまごちゃん二人いるリアルおばあちゃんの出番。
と思ったら、区役所に勤めている友人も、
地域情報をあれこれ提供しながら、サポート。
今日は、比較的近くに住んでいる友人が、小児科情報を
ラインにあげていた。
生まれてきてからのことも考えなくちゃですね、とお嬢さん。

そんな賑やかなラインを眺めながら、
Sちゃん頑張ってるよ〜と心の中で天国の友人に声をかける。
孫もおらず地域情報もなく、全く役に立たない私は、
ソックスを編んで送ってみた。
ら、ピッタリでした! という嬉しいラインが入ってきた。

悲しむだけで、寂しいと思うだけで、なにもできない
そんな無力感にとらわれていたけれど
一緒に喜んだり、怒ったり、どうでもいいこと含め知恵を絞ったり
そうやって彼女の遺していったお子さん達に関わることで、
折々に彼女の思い出話をお子さん達とすることで
空っぽだった大きな穴に、少しずつ花が咲いたり風が吹いたり。
穴が埋まることはないけれど、そこにも季節が巡り
時が流れる。
願わくば、私の中の穴がそうであるように、お子さん達の穴も
少しずつ、季節が巡っていきますように。

遺された私達にできることは、
前を見て生活することだ、穴を抱えながらも
穴を抱える者同士、つかず離れず暮らしを楽しむことだ
そんなことを思いながらコーヒーを飲む朝。





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佐光紀子
得意技は家事の手抜きと手抜きのためのへりくつ。重曹や酢を使った掃除やエコな生活術のブログやコラムを書いたり、翻訳をしたりの日々です。近刊は長年愛用している椿油の本「椿油のすごい力」(PHP)、「家事のしすぎが日本を滅ぼす」(光文社新書)