かかりつけ医難民
考えてみたら、今の歯医者さんに御世話になってから30年以上経つ。
家族全員、ず〜っと同じ先生に診ていただいてきた。
実は、数年前までは、内科もそうだった。
何かあったら、まず、先生に診てもらうし、相談に行く。
そんなもんだと、ずっと思ってきた。
そんなふうにして、我が家の健康は守られてきた。
特に歯医者さんは、そこまで脅すかっていうくらい最悪の事態を想定して
細かく説明してくださる先生で、最悪の事態を念頭に治療を受けるせいか、
たいていの治療は想像より遙かに軽く、楽ちんに終わる。
お互い納得ずくで治療が受けられるので、他の先生にかかるなんて
考えたこともなかった。
歯科衛生士さんもいない、一人でやっている歯科医なので、
当然毎回院長先生が診てくれる。
途中で他の先生が診て、治療方針が違わないか? なんてことも、
絶対に起きない。
ずっと、そんなものだと思っていたので、最近の歯医者さんは
歯医者さんが複数いて、毎回担当が違ったりするという友人の話に驚愕し、
そんなところには怖くてかかれない……などと思っていた。
が。
仕事一段落したら、最後の仕上げをするからおいで、
と言われていたので、数ヶ月ぶりに電話したら
電話に出たのは女性だった。
30年以上御世話になって、彼女が電話に出たことは一度もなく、
歯科医業は完全に彼一人の仕事であることはよく知っていたので、
いやな予感がした。
案の定、先生は入院中。
「いつ頃ご退院ですか?」
軽い気持ちでそう聞いたら、
「それが……ちょっとわからなくて。まだ未定なんです。しっかり治しましょうということになって。」
お大事にと言って電話を切るのが精一杯だった。
実は、先生のところは、お連れ合いが体調を崩されて
長らく入院中だった。
やっと退院して戻ってこられたときの嬉しそうな顔。
そして、彼女のリハビリのために休業日を増やし、
僕が体調を崩すわけにはいかない、彼女が万全に戻るまでは
と言い続けていた先生。
その先生が入院することがどれほどの事態かと思うと、
ひどく気持ちが落ち込んだ。
長い長いお付き合いのあるかかりつけ医がいるというのは
とても幸せなことだと思う。
けれども、お付き合いが長ければ長いほど、かかりつけ医が
いなくなったときの穴は大きい。
精神的なショックはもちろんのこと、
現実レベルでも、一大事。
実は、長々御世話になっていた内科医の先生は、
体調の異変を感じてから、お子さんに引き継ぎを始められた。
午前中は若先生、午後は大先生、といったパターンから始まって
徐々に、大先生は出なくなられるという手続きを踏まれたのだ。
大先生に慣れていた家族は、当初、若先生はど〜だこ〜だといろいろいっていたけれど、じゃぁ、他の先生に行きましょうと考えた事は誰もなかった。
うまく言えないけれど、かかりつけ医っていうのは、
かかる側も診る側も引き継いでいくものだ……という認識が、
私の家族にはあったような気がする。
まぁ、べらんめいではっきりものをおっしゃる大先生を
なんだかんだいいながら、家族が大好きだったっていうことも
大きかったとは思うけれど。
ところが、若先生は、大先生が亡くなられて数年して、
クリニックを閉じられた。
我が家のかかりつけ医難民の日々が始まった。
体調が悪いときに、知らない先生のところにいって病状を説明するのは
想像していた以上にしんどく面倒だったのだ。
狭い待合室で立って待たなければならなかったり、
先生の説明に納得がいかなかったり、ずっと画面から目を離さない先生に
なんだかな〜と思ったり。
これほど、お医者さんって「慣れ」が必要だとは思わなかった
っていうくらい、新しい「かかりつけ医」が見つからない。
それが、私だけじゃなく、家族もそうだったのだ。
そしてコロナ。
診察券がないと、発熱外来は受け付けないといった
話を聞いて、焦った。やばい。どこに行けばいいんだ。
内科は、私はようやく新しい先生を見つけつつある。
家族も引っ越しなどあったので、それぞれの所で。
そして、今度は歯医者さん。
一体どうしたものだろう。
忙しい時期を乗り切る時に、何も考えずにかかれるお医者さんがいてくださったのは有り難かった。
でも、その先生方の多くは私より年長で。
ということは、自分が高齢になってきたときに、私より先にかかりつけ医が
いなくなってしまうということで……。
60過ぎてから、新しい先生を探すのは、思ったよりしんどい。
そして、ますます、お医者さんに行くのが面倒になる。
いかん、いかんと思いつつ。
かかりつけといえるお医者さんが一人もいないことに気づいて、
どうしたもんかと思う今日この頃。
得意技は家事の手抜きと手抜きのためのへりくつ。重曹や酢を使った掃除やエコな生活術のブログやコラムを書いたり、翻訳をしたりの日々です。近刊は長年愛用している椿油の本「椿油のすごい力」(PHP)、「家事のしすぎが日本を滅ぼす」(光文社新書)