反面教師
カフェに入って作業をしていても、そこでなされる会話についつい気を取られてしまう。
今日は自己啓発の会のようなものに入会していると思われる男性(Aさん)が、自由に生きることを掲げ成功していると思われる男性(Bさん)に色々質問していた。
Bさんの男性の逸話にAさんはすごいですね、素晴らしいですね、どうしたらそんな風になれますか、どうしたら好きなことを仕事にできますか、その前に好きなことがない時はどうしたらいいですか?と少し遜った姿勢で話をしていた。Bさんの話は私は自分の花道を再確認するために話しているように聞こえ、賞賛の声を期待しているように感じた。Aさんはその期待を裏切らず、賞賛の声をかけ、私もそんな風に生きたいと言う。
本気で言ってるのか、この人。
しばらくして、Bさんが先に帰り、Aさんが残ってパソコン作業をしていると年下であろう男性(Cさん)と偶然会う。おそらく同じものに入会している人だろう。久しぶりの再会のようだ。
私が驚いたのは、Aさんの態度の変わりようである。Bさんに対してはすごく落ち着いた声で勉強になりますと言っていたあの人はどこに行ったのか。Cさんに対しては小馬鹿にするような話し方で、仕事の話になると揚げ足をとるように色々探りを入れてくる。そしてさっきBさんが言っていた名言を、そっくりそのままCさんに言って諭している。赤面するわ。
しかし、しばらく時間が経つとAさんがCさんに弱みを見せはじめた。見栄を張れなくなったのか。好きなことが見つからない、どうやって生きていけばいいのかCさんに一人ごとのようにボソリと聞いている。Cさんの返事は「目の前をことを一生懸命やることじゃないっすか?」とバッサリ。あーーーやめてあげてーーーーー
もうなんだかこっちが辛くなって、イヤホンをして外からの刺激をシャットアウトである。しばらくしてトイレに立つとAさんは帰り、今度はCさんが黙々とパソコンで作業していた。Aさん大丈夫だろうか?
もしAさんが自分だとしてこの一連の流れを見られていたら穴に入りたい、ブラジルめがけて掘り進めたいぐらい深い穴に潜りたくなる。人に対する態度の変化を見られ、人の話をそっくりそのまま誰かに話していることを聞かれるだなんて。辛すぎてお腹が痛くなるわ。
と、ここまで考えるということは、私にもそういう節があるということである。見てる人は見てる、聞いている人は聞いている。普段から素直に生きて、人を尊重することを覚えなければ、その場で取り繕ってもすぐにバレる。
勝手に解釈してツラツラと書くことはA〜Cさんにとって心外だろうが、反面教師になった。「勉強になります。」
みんな色々あって踠いているんだよね。