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『ぼくの火星でくらすユートピア(11)』
《ユートピア》——望めば与えられる世界。
砂を払っているものとばかり思っていたワイパーはいつの間にか水の中にいた。纏わりつく魚眼の景色は2本の黒い縦棒が揺れ動く。
ガッタン。ゴットン。ガッタン。ゴットン。
相棒よ。こんな場所でもお前は動こうとしているんだな。僕もどうにか抜け出さないと。
僕はアクセルペダルを精一杯踏み込んだ。
相棒は呆気なく動いた。
相棒に必要だったのは。僕の。たったの僕の合図だけだったのかも知れない。こいつだけは僕がいなければ進んで行けないのだ。だから僕はこいつを選んだ。可哀想なことに。こいつは僕しか知らないんだから。
社会人としての存在意義を失ってから僕は既に人間として生きていて良いものなのかと考えるようになった。誰からも必要とされない僕に生きる必要があるのかと問えば誰も僕に答えっこない。誰の心の中にも僕はいない。
だからこいつを選んだ。僕は相棒を選んだ。相棒は僕にえらく懐いた。
さあ。相棒よ。この息苦しさから逃げ出そう。
何も見えないのではなく何も見たくないからもう目は真っ暗なんだ。僕はこの暗闇から逃げ出したくないと思った。だからここから出なければならない。
僕が逃げ出そうとしない場所は僕の怠惰に他ならないんだから。
さあ。相棒よ。もうすぐだ。先は。もうすぐ。