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『ぼくの火星でくらすユートピア⑻』
《ユートピア》──追いかけても追いつけない蝶を追いかける行為の儚さを知る。
冷たい風も限度を知らねば砂を積もらせる。僕と相棒は目の前の砂漠に呆然だった。しかし後退する選択肢は無い。ここを抜け切るしか無いのだろう。
逃げたくない。と思ったとこはただの一度も無かった。
僕は常に逃げ道を求めて生きてきたからだ。きっと産道を通る苦痛でさえ僕にとっては心地の良い逃げ道であったに違いない。
僕の人生の大半と言えば無難に終了していった訳だが。それは就職活動においても大差なかった。
僕はそこそこの履歴書を持って。そこそこの志望動機を披露し。そこそこのルックスでもって会社の合格印を受け取った。
どうして僕が。なんて考えなかった。僕の様な人間が受かるんだから周囲もきっと僕の様な人間たちに違いない。と括っていたからだ。しかし結果は全くそうではなかった。
自己紹介から始まった業務は昼飯を食べる頃になると。孤独。という調味料に苦しめられるようになった。どうして僕がという疑問に支配され続け。仕舞いにはその味付けさえも苦いと感じなくなってしまった。
それでも今思えば。同僚たちは途中から僕に気がついていない様だったので僕がああなっていたのも今では自然現象だったのだと飲み込める。僕は欲張りすぎていたのかも知れない。
太陽は天空で輝く。太陽の大きさを想えば僕たちの悩みなんてどうして小さいのだろう。と説く人間は僕の周囲には沢山いたが。そういう奴らは端から悩みなんて持っていないか。悩むという脳味噌自体持っていないかのどちらかなのだ。
悩まないという才能に欠如する僕の様な人間は生まれてこの方見上げる宇宙のことなんて考えている余裕なく考えてきた。恐らくこの肉体がフレアに焼き尽くされたとて脳の電気信号は活動し続けるだろう。
宙を見よ。あの星の数こそ僕の悩みの数である。