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『うちの男子荘がお世話になります!』⑫

〇EP11『船長の船』


 船長の生まれはここのあたりではなく、海の近くの街だったらしい。
 船長のお父さんは、漁師だった。海をこよなく愛す父親だったらしく、船長にも海の魅力をよく語って聞かせてくれていたらしい。夏休みの時分なんかは、船長を船に乗せて漁に出ていたりもしていた。
 父親の教育もあり、船長もちいさい頃は、海が大好きだった。朝起きれば海に駆けてゆき、学校が終われば海に遊びにいく、そんな少年だったらしい。
 それは、船長が中学3年の夏休みのある一日だった。「勉強のし過ぎも体に悪いから」と、船長のお父さんは船長を海に誘った。海が大好きな船長はもちろん、よろこんでついていった。
 船長のお父さんは、船長のために小型船を借りて来てくれたらしく、お父さんとふたりきりの、ちょっとした船散歩になる予定だったらしい。
 ひさしぶりに感じる海。船長は浮足立っていた。潮風を感じ、幸せを感じ、海鳥を観察しては、笑い声を立てていた。
 ふと、海に触れたくなった。船から身を乗り出すのは危険だ、そんなこと、誰よりもわかっていたはずだったのに。船長の中に眠る、幼い好奇心が船長の背中を間違った方向へ押してしまったのだろう。
 船長は船の縁に覆いかぶさるようにして、海を覗きこんでいた。夏の太陽に輝く水面はゼリーのようで、宝石のようで美しかった、と船長は言う。
 と、その時、波に打たれて、船がおおきく揺れた。せまりくる海面。
 その瞬間から記憶がない。気がついたら、病院のベッドの上だったらしい。
 船長のお母さんの話によると、海に投げ出された船長は、溺れてしまったらしい。気がついたお父さんの適切な救助で、大事には至らなかったが、船長はそれ以来、海が怖くなってしまった。
 海と暮らしたいお父さんと、船長が怖がる海の近くにいたくないお母さんとで意見がわかれ、ふたりは離婚した。あくまで円満離婚で、今でも定期的に海の土産が届くし、会ったりしているらしい。
「この間の土日も……お母さんといっしょに……お父さんに会いに行った……」
 海にはいかなかった……言う船長に、東西くんが「なるほどねえ」とうなずいた。
「船長のセーラー服が、やっと不自然じゃなくなったよ」
「それにしても、なんというか、凄いお話ですね」
 口に手を当てたままのお餅ちゃんが言う。
「お餅ちゃんは……」
 おれが聞こうとした時だった。
「さ、いいお話も聞けたし、お開きにしようか」
 東西くんがほとんど無理矢理に、話し合いを終わらせた。
「長居しても晴さんに悪いしねえ」
「おれは、別に大丈夫だけどね」
 言ったが、東西くんは「うん、うん」と言いつつも、それぞれを部屋に帰した。一方でお餅ちゃんが、「すみません」と何度も東西くんに小声で言っていたのを見た。

 「あからさまに話をぶった切ったな」
 みんながいなくなった部屋の中で、おれは天井に話しかけた。
 お餅ちゃんの過去……家族の話……触れちゃいけないことだったんだろうか。それとも、女の子の思春期録は、女の子から話してくれるまでは聞かない主義なんだろうか。東西くんの対応の真意が、イマイチつかめない。いや、つかめないのはいつものことなんだが──と、「すみません」と繰り返すお餅ちゃんの様子を思い出した。
「きっと、触れちゃいけないことがあるんだ……」
 おれは起き上がると、夕飯を買いに、コンビニに車を走らせた。



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