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『うちの男子荘がお世話になります!』⑧

〇EP7『事件の全貌』


 重々しい乾杯の音頭が取られ、それぞれが無言のままビールに口をつけた。
 テーブルの上には、唐揚げの盛り合わせ、ポテト、餃子、たこわさと並んでいるが、この雰囲気の中で、誰も手をつけようとしない。
「で、お話、というのは……」
 リョクさんが切り出した。
「ええ、あの」
 おれは東西くんたちを盗み見て言う。
「お餅ちゃんの、ゴミの件なのですが……心当たりありますか? 」
「柏餅さんのゴミ……」
 リョクさんは言葉を復唱し、パチクリと瞬きをした。まだピンと来ていないのだろうか? 船長もぼんやりとした表情のままで、おれを見つめている。
 核心を話す必要がある。おれは太腿の上で両こぶしを握った。
「お餅ちゃんから聞いたんです。おふたりが、お餅ちゃんのゴミを漁り、持ち帰っていると」
 グッとふたりを見る。
 リョクさんも船長も、言われた言葉に口を開いた。ようやく、わかったようだ。
「そのこと、ですか」
 まずリョクさんが言葉を発した。
「そのことなんですが……」
 止めて、リョクさんは気まずそうに視線を泳がせると、唾を飲み込む仕草を見せた。
「えっと、なんと言ったらいいでしょうか……たしかに、大本さんは柏餅さんのゴミを持ち帰っています──というより、持ち帰ってくださってるんです……」
「持ち帰って」
「くださってる……? 」
 意外な回答に、おれと東西くん、殿下は顔を見合わせた。
「どういうことですか? 」
 尋ねると、リョクさんは苦い表情のままで坊主頭をかいた。
「いや……個人のプライバシーが関わって来るので、他の居住者の方に言うのははばかられるのですが……でも、その他の居住者である大本さんも巻き込んでしまっているわけですし、柏餅さんも牧南さんたちにお話されたみたいですし……言っちゃいますね」
 長い前置きをして、リョクさんは話し始めた。
「柏餅さん、ゴミ出しのルールを守ってくれなくてですね。いえ、守ってくれない、というより、恐らくわかっていないんだと思うんですよね」
「ゴミ出しのルールをわかっていない? 」

 それは去年の春のお話。
 お餅ちゃんが引っ越してきてから、ゴミ捨て場に、地区の指定ゴミ袋以外の「黒い袋」が捨てられるようになった。作業員から指摘されて発覚したらしい。それに、
「黒い袋の中、酷かったんですよ。燃えるゴミと燃えないゴミが一緒くたになってれば、乾電池やビン缶も入ってて──申し訳ないですが、住民の方に注意してもらうことは可能ですか? 」
 注意を受けた。
 リョクさんはさっそく、佐々木男子荘全体へ、注意喚起のチラシを配った。
「ああ、たしかにあったね。記憶してるよ。“ゴミ出しのルールを守ってください”ってやつ」
 東西くんがうなずく。
「で」
 と、リョクさんは話を続ける。
「そのチラシを出した翌日から、黒いゴミ袋が出されることがなくなったんです」
「へ」
 おれはリョクさんを見る。
「解決したってこと……ですか? 」
「いいえ」
 リョクさんは首を横に振る。
「え? 」
 困惑するおれの一方で、東西くんはピンときたようだ。「なるほど! 」と、唐揚げを噛み砕いた。
「船長だ! 」
「そうなんです」
 リョクさんが首を上下に揺らす。
「船長? 」
 一同の視線は、ぼんやりビールを飲み干す船長に注がれた。
 船長はジョッキを置くと、のんびり、話し始める。
「チラシ……見て……黒いゴミのことだ……すぐわかった……出してるの……誰かも知ってる……わたし……注意する……勇気ない……わたし……分別することにした……」
「なるほどお」
 おれもつられてゆっくりうなずく。
「そんなこととは露知らず、解決したとばかり思ってたんです」
 リョクさんは坊主頭をポリポリ言った。
「ある日、朝からアパートの周りを清掃しようとして、大本さんが黒いゴミを持ち帰るのを見つけたんです」
 船長から訳を聞いたリョクさんは、今度はお餅ちゃんに直接、ゴミ出しについて注意をした。
「市役所で発行されてるゴミ出しのルールのチラシも一緒に渡したんです。柏餅さんもすごく反省してくれて、これからはしっかりするって」
「でも、変わらなかったんだ」
 東西くんは言って、また唐揚げをひとくち、食べた。
「そうなんです」
 と、リョクさん。
「いえ、まったく変わらなかった訳ではないんですよ? 割れ者も乾電池もビン缶もちゃんと仕分けられるようになってくれました。でも」
「でも? 」
「燃えるゴミと燃えないゴミの違いが、どうしてもわからないようで──あと、地区の指定ゴミ袋の存在も、どうしてもわかっていただけないようで……! 」
「ああ……なるほど……だからか……」
 おれは思わず、溜息と似た感嘆の声を漏らしていた。頭の中で、ある疑問が解決されたからだ。
「だからかって、なに? 」
 おれのひとり言を、東西くんは聞き逃さなかった。
「あ、いや」
 おれはハッとして、答える。
「お餅ちゃんの話を聞いてる間は疑問に思わなかったんだけど、たぶん、違和感を覚えてたんだろう事柄が解消されてさ……」
「どういうこと? 」
 ポテトをつまむ東西くんが首を傾げる。
「お餅ちゃん、遠くから船長を見て、“ワタシのゴミ袋が漁られてる”って気づいたって言っててさ、今思えば、どうして船長が漁ってるのが自分のってわかったんだろうって」
「なるほど、ゴミ袋の色か」
 東西くんが納得してくれた。
「なんど注意しても駄目だったんで、本当はいけないことなんでしょうけど、諦めてしまったんです」
 リョクさんは言う。
「注意疲れだね」
 東西くん。
「はい……以降、大本さんとわたしとで、ゴミを分別し直している、ということなんです。大本さんにもご迷惑かけていますし、柏餅さんにも、不快な思いをさせていたなんて──」
 大家失格です、とリョクさんは落ち込んでしまう。
「や、そもそもがお餅ちゃんの問題なんだから、リョクさんはよく頑張ってるよ」
 口に咥えたポテトを揺らしながら、東西くんが慰める。隣りで殿下も、うんうんと、気難しい表情でうなずいている。
 すべて納得した。おれはリョクさんに向き直る。
「このことは、お餅ちゃんにしっかり伝えます。きっと、お餅ちゃんもわかってくれると思います」
 みんなで解決していきましょう! おれが言い、「そうだね」と東西くんと殿下がうなずくと、リョクさんは泣きそうな顔を上げた。
「みなさん……ありがとうございます……! 」
「榛くんにも言っとかないとね」
 東西くんが言う。
そうだ、榛くん。おれはまた、疑問を思い出す。
「あの、榛くんって、どうしてリョクさんに反抗的なんですか? 」


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