記憶の行方S29 小さな出来事-緑のキャップ
シーン29○僕の景色。バス車窓と外の世界へ
バスを降りると、カランと音がした。
凍ったはずの路面の雪は溶け、跡形もなかった。いつもの朝の風景のようだ。
「ほら、ほら、僕、なんか落としたよ。緑の。」
車中の白髪の男性がバスを降りた僕に話しかけて来た。
「え?」
カメラのキャップが外れていた。
振り返ったら、バスのドアが閉まった。バスは通り過ぎ、手放し運転で自転車を走らせる、歳の頃は、20代後半の青年の姿が口笛を吹きながら通り過ぎた。背中には、野球のバットを背中に入れたリュックを背負っていた。
緑のキャップは、道端に転がっていた。
僕はそれをポケットにしまった。
東京で野良猫に出会うのは稀なことなのだが、晴れた日の朝8時頃、散歩をすると、野良猫の散歩の時間と遭遇する。僕は、偶然目が合ったら、少しずつ距離を縮めて写真を撮る。路地裏は歩かなくなって久しく、僕は、陽の当たる場所を歩いている。
駐車場で陽を浴びる茶トラのネコは、毛並みを整え、歩き始めた。一瞬立ち止まり、僕を見た。白いフェンスをのぼり、もう一度僕を見て、隣の庭へ飛び降りた。
桜の花びらは、開き始めていた。
僕は、木々を見上げて歩いた。
ヨーロッパの空も東京の空もつながっているはずだ。