記憶の行方S7 小さな出来事 枯れゆく花

花を生けよう。母は、先が長くないと知っているようだった。医者には、ここ2、3日が峠と言う。庭の桜の花はまだ蕾のままだ。

一月の初めというのに、昼間は、暖かい日差しだ。紅葉の落ち葉は、枯れ果て、土と同化しようとしていた。

母のベッドの位置を縁側から庭の池が見渡せる応接間に移動した。縁側によく寝ていた白ネコは、母のベッドの移動とともに、応接間にやって来ては、昼寝をする様になった。

「おいで」

母は、急に左手を伸ばして、声をかけてきた。

「もうすぐ三途の川を渡るから、何か弾きてくれないかしら?」

「冗談やめて」

生けようと思って持ってきた花束を花瓶に飾った。

母は、

「少し葬送行進曲を聴かせてよ。」

というので、弾き始めた。

人差し指で、宙に何かを描いているように、母はメロディーに合わせて、手を揺り動かしていた。

「1、2、3、」

母は、そのあと、何も言わず、手を掛け布団の上にのせた。眠っているようだった。

わたしは、行進曲を弾き続けた。

次の日、通夜の準備で、家は慌ただしく人が出入りしていた。

わたしは、生けていた花束を手にして、花瓶の水を捨て、裏返しにした。

白浜まで、出かけた。

砂浜は、何もなく、目の前には海しかない。遠くの景色には、うっすら緑の山合いが見えた。いつものように、小さな船が海に浮かび、冬には珍しく、空には、羊雲が浮かんでいた。

「何のためにもならない!」

わたしは、花束を青い波に投げつけた。

花束は、波間に揺れて、何度も海岸線に打ち上げられた。



♪wonkのsmall thingsを聴いて物語を書いています。オチはどうしたらいいでしょうね。まったく見えていません。




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