弾き続けていて欲しい人
弾き続けていて欲しい人がいる。
名前はわからない。
以前、何かの発表会にお邪魔して、それぞれのピアノ演奏や歌を聴いたのでした。
そこにひとりの少年がチック・コリアを弾いたのでした。完コピでした。誰もが圧巻だったと思う演奏だったと思います。上手だな、と、誰が聴いても思える演奏、しかし、わたしは正直ピンときませんでした。
この少年は、いったい、誰に向かって弾いているのだろう。誰にこの音を届けたいと思っているのだろう。響いてこない。響いてこないとは、聞き流されて記憶に残らない音となる。それらは、忘れ去られた人のように悲しい音色になってしまいます。
演奏の後に感想を聞かれたので、
「上手だね、でも、つまらないよ」と、正直に伝えた。
彼は少し俯いた。うまいやつは山ほどいる。オリジナルの何か響くもの、狂気に近い逸脱した何か、止められない衝動のようなもの、それがなければ、響かないと思う、とは、その時話したかどうかは、覚えていませんが、そう思ったなぁと覚えています。
当時とある番組で流す音を探していて、路上からライブハウスやら、コンサートというコンサートに足を運んでいました。まだ、誰も知らない、名曲があるんじゃないかと、王子を探すような気分で曲を探していました。
その子は、コンクールで賞を受賞しており、クラシック音楽を弾ける子がジャズを弾く、それだけでも、みんな興味を持って、聴いていました。
受験生で「カイセイ」を目指して、その先は「トウダイ」を目指すという。周りの大人は、ええーと、どよめく。
それだけのピアノを弾いていながら、トウダイに行くのか…音大や芸大にいかないのか?と、疑問に思った。
しかし、カイセイ→トウダイ、ピアノ男子。冠としてはもう十分過ぎる。その冠とってからが、勝負。
「そんなにピアノ弾けたらモテモテだね」と、言ってみた。笑うかと思ったら、俯いた。
さらに、いったい何を聴いているのか、気になり聞いてみたら「チックコリア、Tスクエア……」
しかし、返事する時に全く楽しそうじゃない。目が笑っていない。
「本当に?」と聞いてみると
「お父さんが……」という。
「僕は何を聴いているの?」と聞いてみると、
しばらく間をおいて
「上原ひろみが好き」といった。
わたしも上原ひろみは、好きなので、
「いいよね。わたしも好き、あんなに弾けたらいいよね」と、答えた。
初めて、彼の目が見開いて頬が紅潮した。
その少年の好きなパーソナリティの番組をたまたま、担当していたので、遊びにきてね。と、誘ったが、無言。目が合わない。まあ、つまらないと感想を言ったのだから、しょうがないか。
その後、その少年がどんなピアノを弾いているか、定かではない。
クラシックもジャズも弾けるおもしろいピアニストになっていることを願う。