【短編小説】幸福の勇気#12 最終話
前回
至福
勇気の身体部位と引き換えに様々な鴉どもが与えた金貨によってこの寒村の民は身体の不具合が無くなり結果として労働力が増加、村には活気が戻り産業が発展して村民の懐具合は改善されて成金が多数涌いたのだが、この女はどうだ。
みすぼらしい。
寒村臭がプンプンする。
寒村を象徴する存在と言ってもいいほどに女はみすぼらしかった。
みすぼらしくやや不潔で下品な印象がある上に顔を真っ白、目の周りを青、唇を赤紫に塗った塗り絵のような顔を作っているものだから一般の人々はまず引く。
勇気の家を作った労務者も、作業の仕方にやや乱暴なところはあるが、まったくの一般人なのでこの女を見てまず引いた。
端から順に引いていく労務者たちひとりびとりの前にいちいち立ち止まり、女は彼らの顔を覗き込んでニッと笑った。
引いているところにこういう行動をされると一般の人間は更に引く。
労務者たちは一般人なのでやはり更に引いた。
女は深追いをせず、次の労務者に移る。そうしてだんだんと勇気の家に近付いて来ていた。ぼさぼさの長い黒髪が女の足跡を消すようにして雪上に轍を残し続けていた。
やがて女は台座の前に立ち、その上に積み重なった勇気の骨に視線を投げた。やや震える細い指で小さい骨の欠片を抓み、目の前に持ってきてまじまじと見つめてから台座に戻した。
次に細く先の尖った小さな骨片を指に取り、まじまじと見つめてから右の耳たぶに突き刺した。耳たぶは小さく出血し、勇気の骨片がそれを吸って赤く色付くと同時に、女の頬はほんのりと朱に染まった。
いったいどこの骨なのか、あるいは劣悪な環境で変形したのか、丸く輪になった骨片を抓んだ女はまじまじと見つめた後、自らの左薬指を骨片の真ん中に通した。寒さに凍り、乾燥してぼさぼさだった女の長い黒髪が縮毛矯正した直後の様に真っ直ぐになり、高級トリートメントを施した直後のような艶を帯び蠱惑的な香りを放った。女の指に収まった勇気の骨は小さく脈打った。
女は勇気の骨の中で最も太い大腿骨を掴み、やはりまじまじと見つめた。大腿骨とは言え、10歳の子供のものなので女の掌はすっぽりとそれを握り込むことができた。
やがて女の皮膚に潤いが戻り、目と唇から毒々しい化粧が剥がれて気品漂う清楚な美熟女に変貌を遂げた。
ふっくらと丸みを帯びて艶めく唇が接吻すると、勇気の大腿骨は赤黒く変色し、膨張を始めた。女はやや恥じらいを見せながら舌を這わせ、やがてそれを口に含んで舌先を絡めた。勇気の大腿骨は更に膨張し、女の唇に収まり切らない程となった。女の唇は勇気の大腿骨との間に唾液の糸を引きながら已む無く、離れた。
労務者たちはその様子を眺めて唖然としていたが、どいつもこいつも股間を膨らませていた。
女は勇気の大腿骨を逆手に握りなおし、足を開いた。
勇気の赤黒いソレに太い血管が走り、どくどくと脈打ち始めた。
女は切腹する様に勇気を自らの陰部に挿した。
勇気の脈動は一気に加速し、どんどん膨張して女の淫口を裂いた。降りつもる雪の上に女の鮮血が滴る。次の瞬間。
女の首が破裂し、頭部を失った首の先端から真っ白な粘液を噴いた。
噴き上がった粘液は空高く上昇して雲に到達、冷却されて雪と共に地上に落ちた。
女の首から噴いた液体はだんだんと少量になり、やがて間欠的に、若干勢いを増したひと噴きを最後に止まった。女は台座の上、勇気の骨を抱えるようにして果てた。
女の股間には勇気の大腿骨が挿入されたままだったが、それはごく普通の、10歳の子供の大腿骨であり、透き通るように白く、血管が脈打ってもいなかった
「とても。とても懐かしい匂い」
勇気の大腿骨は女の股間でそう感じ、震えた。
直後、労務者たち俄然張り切って労働を始めた。
勇気の家に4枚目の壁が設えられ、その壁には重い鉄の扉が嵌め込まれて南京錠で閉ざされた。更に家の周りをぐるりと極太の鎖で巻かれ、両端を溶接する事でこの家は完全に下界から遮断された。
最後にユンボが再登場し、閉ざされた扉の前に巨大な賽銭箱を置いて工事は完了となった。賽銭箱は金貨でパンパンになっていて、投入口の格子の下まで溢れてきていた。
立派な御社であった。
労務者たちは賽銭箱のまえでパンパンと手を叩いて頭を垂れ、ユンボはパオーンと凄まじい警笛を鳴らしてあっさりとその場を去って行った。
突如として現出した御社と、金貨が溢れかえる賽銭箱に寒村民は驚愕し、何が祀ってあるのかも気にすることなく突然信心深くなった。
彼らは御社の前で深々と頭を下げ、賽銭箱に五円玉を投げた。そして代わりに決まって金貨に手を伸ばした。
みみっちぃ話である。
当然ながら御社の財宝に手を突ければ罰が下る。金貨に触れる前に天空から狙撃され、欲深い土民共は頭部から噴き出る血と脳漿で御社を穢しながら絶命して逝った。
ひとり殺られれば、多少は怖がって近づかないのが人智というものなのだろうが、寒村で小銭を持ち、成金生活の味を中途半端に知ってしまった根っからの貧民は欲を止める術を持たず、ひとりまたひとりと御社の前で絶命した。
その肉体は当然腐り果て、崩れ落ちてただ土の養分となった。
このようにしてこの寒村には住人がいなくなり、全村民の強欲な生命を養分として大地だけが肥えて行った。
寒村の肥沃な大地にぽつり。と建つ御社に。
今日も雪は。
降りつもる。
(fin)