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【短編小説】幸福の勇気#10

以前、文学系投稿サイトで発表していた創作物を加筆修正して再掲しています。 以前投稿していたサイトからは削除してあり、現状この作品はnoteのみで発表しています。

前回

凱旋帰村

 と、まぁそんな感じの事を何度繰り返していたのだろうか。肉体に不具合を生じてしまった寒村民がまず現れ次に様々なタイプの鴉、具体的に言うと刃鴉、瓶鴉、やっとこ鴉、匙鴉、黒鴉、鉋鴉、痺鴉、分裂鴉、ローファイ鴉、抗癌鴉、熱鴉、高熱鴉、板鴉、放射線鴉、ハンマー鴉、弱鴉、高性能鴉、水鴉、鋸鴉等々が飛翔してその村民の不具合部位を勇気から抉り取って天空へ運び、その度に空は割れ、金貨が落ちた。
 最後の最後に念仏鴉が現れ水虫に悩む強欲村長を相手にしたのだが、この男の拝金主義に気を悪くして、彼が自慢げに見せびらかしていた大量の金貨諸共空に持ち去り、お日様に突っ込んで水虫ごと熔かしてしまった。もちろん金貨も熔けて無くなった。それで終わり。きれいさっぱり終わった。

 氷の台座上には崩れ落ちた勇気の骨だけが残った。
 寒村民は健康上の不具合が無くなり、村には活気が戻った。高額の年貢を求めた村長が熔滅した事で経済も順調に回った。
 めでたしめでたし。

 用済みで氷の台座上に勇気の骨が放置されてから数年が経過したある日、空き地の長手方向の端から端まで届くほど長く白いリムジンがやって来て停車した。
 いかに経済が回り始め、生まれて初めて小銭を持った成金村民が闊歩する時代が到来したとは言っても所詮寒村ではあるので、これほど長い高級車量を所有できる者など居ようはずもなく、つまりこれは村外超富裕層の持ち物だという事は明白だった。
 運転席からタキシードに蝶ネクタイ、白髪にいかにもと言った帽子を被ったメガネの運転手が降りてきて、つつつと最後部の座席まで小走りで駆け寄り深々と一礼した後、極めて丁重な扱いで車のドアを開けた。
 開いたドアから一組の男女が姿を現した。超高級ブランドで仕立てた三つ揃えでびしっと決めた男が長靴を履いた足で雪を踏んだ。長靴は半分くらい沈んだ。
 男は恐ろしいほど美形のしかし、とても背の低い女性に手を差し伸べた。美形の小さな女は明らかに不釣り合いなほどに高いピンヒールを履いてさえ、車の床と天井の間に収まってしまうほどに小柄だった。
 まぁ小柄なのは愛嬌としても、完全に場違いな彼女の高いピンヒールが文字通り命取りとなった。
 彼女は踵すなわちピンヒールのピンの先端から雪に足を着けたわけだが、当然の如くこれは雪に嵌まり込んでしまった。あっ。と女は思ったのだろう、体勢を立て直そうと車のドアに縋りついて再チャレンジを狙ったのだが、この様子があまりにも無様で男の方がついつい吹き出してしまい、それが気に入らなかった女は意地になってそのまま雪上を歩もうと試みた。
 そうしたところピンヒールを軸に体全体が回転してしまった。
 あっ。
 と女は再び思ったのだろうけれど時すでに遅し、小さな女の全身は錐揉みしながら雪に埋まってしまい、男がのぞき込んだところ頭頂部しか見えなかった。男はそれを暫く見つめていたのだが、頭頂部は全く動かない。女は雪に埋まった途端に心臓麻痺を起こし、絶命していた。
 男は周囲をちょっと気にしてから女の頭頂部に足で雪をかけて隠蔽し、そこをゲシゲシと靴底で蹴った。すかさず運転手が登場し、リムジンのだだっ広いトランクからやけにゴツい工事用のスコップを取り出して男がゲシゲシしている雪の上に振り下ろし、パンパンと叩いてしっかりと固めた。
 フッと男は微笑み、運転手と握手をしながらそれとなくスコップを奪い取ったかと思うと一切の躊躇なくそれで運転手の頭部を張り飛ばした。
 運転手の首はやや微笑みながら胴体から千切れて文字通り飛んだ。運転手の胴体の首の部分からは噴水の様に血が噴き上がって降りしきる雪と混じり、赤い雪となって雪原に降りつもった。
 運転手の首は狙ったように勇気の台座に飛び、やや微笑んだまま勇気の骨に支えられて上手にその場に鎮座した。
 男は降りしきる赤い雪を全身に浴び、雪原に降りつもる赤い雪を踏みしめて、勇気の台座の前に立った。
 「久しぶりだな」
 男は勇気の骨にそう言って背を向けた。超高級ブランドで仕立てた三つ揃えのパンツは尻が抜けていて男の両けつっぺたが剥き出しになっていた。
 「なんだ、あんたか」
 哀れな運転手の唇がそう言った。
 ほほう、と感心したように男は一度仰け反り、勇気の意思を代弁している運転手の首をじっと見つめ、本心から嬉しそうに、そして優しく、笑った。
 「あんなに汚らしい男だったのにねぇ」
 運転手の顔は笑いもせず、しかし声のどこかに僅かな喜びと僅かな妬みと僅かな嫌味を散りばめながら勇気の声でそう言った。

(…to be continued)

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