【短文連載型短編小説】カメを戻す。#3
前回
ワカメが、戻る
私は安堵すると共にワカメがふわふわと汁の中で揺れている様を暫くの間見つめていた。
ああ、そうだ今は夏、暑い夏だ、暑くて暑くてもうこうして夕飯の支度の間にも汗はダラダラと流れ、顎を伝って汁に落ちている。
塩が強くなってしまうな、ハハハ。
ハハハ、ハハハとひとりなるべく薄気味悪く声を上げて笑った後、ゆったりした良い気分の延長線上で当然のようにコーヒーが飲みたくなった。
私はコーヒーを豆から淹れるのだ。
まずはコーヒー豆をミルに移すことから始める。
豆の入った密封ボトルを開け、専用のスプーンで掬ってミルに入れるのだ。一杯、二杯と入れるのだ。
魂を込めて。
あっ!
私はコーヒー豆の入った専用密閉容器を取り落とした。
ガラス製の容器は砕けた。
出窓から差し込む夕焼けの真っ赤な光が、砕けて床に散乱したガラスの破片の中で紅く煌めき、コーヒー豆が一気に熱を帯びて香りを放っているように感じる。
汗が噴出した。
毛穴という毛穴そう、足の裏の毛穴、手指の先の毛穴、まぶたの毛穴からもダクダクとだらだらと汗が噴き出てしかし、悪寒に全身が震えている。
季節は真夏でそれが例え猛暑の年であるとしても、私が亀の飼育をしているという事実は決して。
決して誤魔化すことなどできないのだ。
(つづく)
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