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【コラム】未来?

 未来のことばっかり語りたがる人ってのを私はあまり信用しない、なんてことを言うと夢も希望もない人間だとか身も蓋もない人間だとか思われるかもしれないが、そう思いたい人は思ってもらってけっこう。
 万事オーライで痛くも痒くもない。

 いや未来って本当にくるのか?ってことを真剣に考えてみればみるほどそれは不確実であって、なんとなく確信を持てる未来ってのはせいぜい、一呼吸分くらい後の未来なんじゃないかと思っている。
 いろいろ聴くところによると、人ってのは死ぬ直前に大きく一呼吸すると言うし、それを考慮すれば、今この瞬間になにか体調の不具合が起きたとして、次の一呼吸くらいは生きてんじゃない?というくらいが、私の思う未来の確実な長さなのだ。

 さて今日が衆議院議員総選挙の投票日ということで、もろもろの政策を各候補者各政党が出してきているわけだけどこれもまた然りであって、なんかこう、与党側の人たちの言うことって、わりとこの不確実極まりない未来に重点を置いているような気がしてならないし、国民もこういう姿勢に乗せられて「大切なのは未来」みたいな感覚になってしまっているパターンがある。
 「未来にツケを残さないように」とか言うのが、わりと与党の緊縮財政派の意見の根拠として使われたりするけれども、私には「未来の人たちのためにあんたは苦しみなさい」と言われているような気がしてならない。
 やなこった。
 私はそうじゃないと思う。
 人間には「今」しかないのだ。というか確実に生きているのは「今」だけなのだ。「今」生きている人間が幸せであるということが絶対の基本であるし「今生きている人」が「未来の人たち」の犠牲になるなんてのは言語道断だと思う。なぜなら「今生きている人」が幸せでなければその心理として先のことなんか見なくなる、要するに未来を志向しなくなるのは人間としてアタリマエのことであって、それを捻じ曲げて「未来のために」と追い込めば追い込むほど「今生きている人」は未来に絶望してしまうのだ。
 その結果のひとつが少子化であると私は思う。
 今の自分の苦しさが未来の人の幸せにつながるなんて、そんなふうに思える余裕は生まれない気がする。

 ではなぜ政治家の人たちは未来のことばかり語ろうとするのか?
 それは簡単なことだと思う。
 今を語ればまさに今、この国の運営を任されている自分たちに不都合なことを掘り下げることになるからである。
 逆に言うと、良くしなければならないはずの「今」を予想もできない「未来」にすり替えて、現在の不都合を誤魔化そうとしているのだと私は思っている。

 先ほど投票してきたが未来にばかり目を向ける人や政党は無視、今現在この瞬間の問題によりフォーカスした政策を打ち出していると感じられた人や政党に票を投じた。

 夢や希望は明日ではなく今この瞬間に持ってわくわくするものだ。
 未来のために苦しんで一呼吸の後に死ぬとしたらその最後の瞬間、私はものすごく後悔する。
 確実に生きている一瞬一瞬の連続した「今」が幸せなら、人生は満点なのだ。

No Future?上等!


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