私の「アイコン」について
皆さんは、note等の各種SNSでどんなアイコンを使っていますか?
盛れた自撮り、自分の愛する家族、好きな景色、推しがアイコン屋さんになってくれた…
いろんなきっかけがあると思います。
私のアイコンは、ちょうど一年前の今日、
江ノ島で朝撮影した景色です。
空が明るくなりつつある中、サーファーが優雅に朝の海を楽しむ。
神奈川・湘南の民にのみ与えられた美しい風景がそこにはありました。
外から来た「我々」2人は、そんな景色をずっと見ていました。
「夜通しサイクリングで海へ行く、狂った企画の提案です」
私の相方の誘いはいつも唐突で、そしてあまりにぶっ飛んでいます。
中学の頃から10年間の付き合いで、これまで色んなことを一緒にしてきました。
霞ヶ浦を自転車で一周したり、
レインボーブリッジを自転車で渡ったり、
西武ドームまで自転車で行って野球を見たり、
(あれ、自転車ばっかりだぞ?)
そんな旅を共にしてきた私でも、今回の企画は理解ができませんでした。
明け方に海に着くならまだしも、真夜中の暗闇の中海に到着したいという謎の主張。
それで盛り上がると言う、どこから湧いてるのかわからない相方の自信。
当時の私、絶対反対してたんだろうなあ…
ということで、彼ら2人は、各々の自宅から自転車で出発しました。
サッカーを観戦し、夕食を済ませ、
そこから自転車で神奈川県を走ること4時間。
その間の写真は一枚もありませんでした。
当時の私達はそれだけの間、車通りのほぼない道をゆっくりと話し続け、
くだらない話をしながら、幸せな時を送っていました。
そして我々は、暗闇で何も見えない
波が静かに音色を奏でる湘南の海にやってきました。
疲れた我々は砂浜でそのまま横になりました。
夜空には、いくつもの星が輝いていました。
そこで我々はついに、
一つの話を始めました。
ずっとバカ話をして誤魔化していた、
でも向き合わなければならない話題。
2人とも、声には出さずともわかっていました。
語るなら「この場」しかないだろうと。
この知らせを聞いたのは、
私が「本当に」つぼみ大革命のファンになった翌日です。
相方は何年も前からこのグループを好きでいて、
私もその名前を聞いていました。
「相方の好きなグループが、つんく♂さんに曲提供してもらえるらしい。」
「相方の好きなグループのYoutubeの企画が面白かった。」
「相方の好きなグループのライブに行くために、一緒に大阪に旅行に行った。」
いつも私にとって、それは「他人事」でした。
そんな私を何度も彼は振り向かせようとしていました。
そして2023年の夏、そして秋が深まるにつれて、私は知っていったのです。
相方の好きなグループが、音楽・トーク・お笑い・舞台と、幅広い才能を持っていること。
これまで自分が持っていた「よしもと」「アイドル」の枠に当てはまらない、唯一無二のグループであること。
昔自分がテレビで見ていたお笑いの賞レースで、
1番面白かった「美容院」のネタをしていたグループであったこと。
そして、自分にとっても「推し」のグループになったこと。
そんなことを知って、
人生が幸せに包まれていった時だったから、
それはあまりに突然でした。
それでも、その時の1番に感じたことは、
「このタイミングで良かった。」
ということでした。
私が7月にライブに行かなければ、
この発表を「他人事」として受け止めていたと思います。
そうすれば悲しくはなかったけど、
もうこのグループに出会えることはなかったと思うし、
ずっと近くにいた私の親友にかける言葉が見つからなかったと思います。
相方を、メンバーを、
何年も待たせてしまったけれども、
奇跡的にこの「9人」を知れたからこそ、
自分はこの人たちの挑戦を追いかけていきたい、いかなければならない。
そんな風に感じました。
その時の会話は、本当に一言、二言でしたが、
今でも鮮明に記憶に残っています。
それから数時間後、
目が覚めたときに広がっていたのが、この景色でした。
この日から早一年、
大学生だった我々は社会人になりました。
毎日見る景色も変わり、
お互い激動の日々を送っています。
今となっては、なかなかライブで会う時以外は
時間が取れずにいます。
それでもこの時の景色のこと、この時バカな旅に誘ってくれて、暗い気持ちを吹き飛ばしてくれた。その感謝はずっと忘れないと思います。
この写真は、そんなことを思い出させてくれる、
私の大事な1枚です。
ちなみに、この季節に砂浜で夜寝ると、
普通に風邪を引くのでやめた方がいいです。