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【前編】フジテックvs.香港ファンド:経営権攻防戦、新たなラウンドに与野党が注目し始めたワケ

【前編】敵対的買収、経済安保も問われる時代

※オリジナルは2023年06月11日掲載

新田 哲史(報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役)

  • 日本でも定着してきた敵対的買収で経済安全保障が問われるケースが

  • 創業75年、狙われた老舗のエレベーター会社。外資ファンドと攻防戦

  • 新たに与野党の関心が集まりつつある「経済安全保障」上の理由とは?

村上ファンドが日本で初の敵対的買収を行ってから20年余り。かつては先鋭的なアクティビストの専売特許という感もあったのが、近年は、新生銀行を傘下に収めたSBIホールティングスのように業界トップのプレイヤーも仕掛けるなど日本市場に定着してきた。

アメリカより遅れている日本の資本市場が活発化するのは望ましい反面、米中の緊張を背景にここ数年は経済安全保障の課題を突きつける。その新たな注目例になろうとしているのが、エレベーター大手フジテック(本社:滋賀県彦根市)と香港系ファンド「オアシス・マネジメント」が繰り広げている抗争劇だ。

創業75年、狙われた老舗

私たちの願いは、この会社の経営を正常化することだ」。フジテック前会長の内山高一氏は今月2日、都内の外国人記者クラブで会見を開き、そう訴えた。内山氏は創業者の故・内山正太郎氏の長男。オアシスとの抗争の経緯は後述するが、今年3月、会社を追放された。ただ今も発行済み株式の約10%(関連会社を合わせた総計)を保有する大株主として、21日開催の株主総会に向け、自ら選んだ8人の社外取締役の選任を提起するなど復権を目指している。

フジテックは1948年、大阪で創業した。中国の出征先から復員してきた内山正太郎氏(2003年死去)が、焼け野原だった大阪の街が力強く復興するのを見て、「日本人の力はすごい。自分も復興の力になりたい」と一念発起。いずれビルが建つようになってエレベーターの需要が増えることを先読みし、エレベーターの開発や販売、保守などを行う富士輸送機工業を創業した(1974年に現社名に変更)。

高度成長の波に乗った国内での成長に飽き足らず、60年代には香港など海外展開も積極的だった。74年に東証と大証で1部上場。エスカレーターも手がけるように。正太郎氏は2003年、87歳で死去するが、長男の内山高一氏が社長職を継いだ後も会社は成長を続ける。

2007年3月期に売上高が初めて1000億円を突破し、コロナ前の20年3月期には約1800億円にまで伸長。専業メーカーでありながら、業界シェアは三菱電機、日立製作所、東芝といった総合電機メーカーに次ぐ国内4位、世界でもトップ10入りしている。

しかし好事魔多し。ここで香港を拠点とするオアシスに狙われた。同社はアメリカ出身の投資家、セス・フィッシャー氏(同社最高投資責任者)が2002年に創業したヘッジファンド。近年は日本企業への投資・買収に注力し、パチンコ機器メーカーのサン電子の取締役4人の解任に成功するなど、「物言う株主」として注目されている。昨年3月、そのオアシスがフジテック株を7%超保有していることが判明したのだ。現在は17%以上にまで買い増ししている。

オアシス社のサイト(フィッシャー氏の紹介も)

創業家 vs.オアシス攻防

両者の攻防戦の経緯は複雑だが、なるべく平易に振り返ってみよう。

昨年5月に特設サイトを制作し、創業家の関連会社と会社の間に「多数の疑わしい関連当事者取引がある」と主張した。特に槍玉に挙げられたのが、フジテックが2013年から8年間所有した東京・元麻布の高級マンションの一室。役員でない妻らが居住し、21年に内山氏の息子の会社に売却した経緯から、オアシス側は「内山家のために購入されたのではないか」と追及した。

これに対し、フジテック側は「適法かつ適正な取引であり、企業統治上も問題はない」と全面的に反論。首都圏でのトップセールス強化による社用の迎賓施設だったと主張したが、オアシスは翌月の株主総会に向け、当時社長だった内山氏の再任に反対するよう、他の株主に呼びかけるネガティブキャンペーンを開始。議決権行使助言会社のISSとグラスルイスはこれに呼応、再任案に反対した。

“包囲網”の拡大を受けたフジテックは、内山氏が株主総会直前に取締役を辞めた上で、会長職に就くという“奇策”に打って出るが、経営権奪取が目的と見られるオアシスは内山氏の排除に固執した。今年2月の臨時株主総会で、社外取締役としてオアシス推薦の4人が選任され、9人いる取締役の半数近くが入れ替わった。そして翌月、取締役会の決議で内山氏は会長解任となり、父が裸一貫から世界的なメーカーに育て上げた会社を追放された。

内山氏はなおも抵抗を続けており、追放劇の端緒となったネガキャンについて事実無根だとして、5月には15億円余りの損害賠償を求める名誉毀損訴訟を東京地裁に起こした。さらに今月21日の定時株主総会に向け、8人の社外取締役候補の選任議案を出し、混乱からの脱却を期している。冒頭の記者会見はその説明のために開催された。

記者会見する内山氏

新たな論点「経済安全保障」

ただ、あるベテランの経済ジャーナリストが「(ネガキャンの)真相は別にして創業家が会社を私物化したように見られて付け込まれた」と手厳しく指摘するように、脇が甘かったのは否めまい。マスコミ報道も経済メディアを除くと今ひとつ盛り上がらないのは、同情しづらいのかもしれない。

だが、体勢を立て直した内山氏サイドは新たな問題点を提起し、政府与党も注視し始めている。内山氏は記者会見で「海外企業に買収されると、経済安全保障上の問題が出てくる」と強調した。

実はフジテックは、防衛省、自衛隊施設、全国各地の警察署などにもエレベーターを納入している。他にも成田・羽田などの主要空港赤坂の議員宿舎東京・渋谷のNHK放送センターなど“重要拠点”が納入先になっている。内山氏サイドは積極的に永田町・霞が関へのロビイングに注力。自民党の閣僚経験者を含む経済安保通の議員らに危機的な状況を訴えて回っており、さらに今週中には野党が内山氏へのヒアリングを行う方向で決まったようだ。

オアシスがここまでフジテックの支配を目指す「大義」として掲げてきたのは、企業価値の向上であり、そのためのガバナンス改革だとしている。真の狙いが短期的な利ざや稼ぎであったとしても、「儲け主義」などの批判はあってもファンドとしては普通のことだ。内山氏側が主張するような「経済安全保障」リスクを脅かす話は実際にはない可能性もあるし、ないならないで説明が求められる。

しかし、オアシスでなくても本当に諜報的な背景のある外国資本が買収した場合、関係者が与野党に説明している内容は杞憂と言えない。

「第三国に売却なら重大な脅威」

エレベーターはIoTなどネットワーク化が進んでおり、エレベーター内の様子について動画や音声を録ることは技術的には可能だという。諜報活動に利用され、遠隔操作の可能性がないとはいえず、防衛省を中心とした官公庁に納入している場合、「フジテックが第三国に売却されれば、安全保障上の重大な脅威」(関係者)なのは一定の説得力がある。

政府は近年、外為法を改正し、防衛産業やエネルギー、医薬品・ 高度医療機器、半導体やレアアースなど戦略物資、サイバーセキュリティ、放送といった経済安保上の懸念がある業種の企業を、外国資本が買収する場合は事前審査する規制を強化している。

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しかし、それでも“水際”規制が機能していたとは言い難い。財務省は規制対象になりそうな約3900社のリストを公表しているが、フジテックは当然ながら入っていた。2021年に株が買い占められて騒動になった新聞輪転機の開発メーカー、東京機械製作所もリストに入っているが、買収したのは日本で創業した東証2部(当時)上場の投資ファンドだったものの、社長はマレーシア人が務め、その主要株主は香港系ファンドだった。

また、SAKISIRUで以前取り上げた東京・武蔵野市による吉祥寺駅前の駐輪場売却問題もオアシスと関連している。当時は社名を割愛したが、この土地を買った不動産会社を後に買収した香港ファンドというのがオアシスなのだ。売却に反発した保守層が今回の事態を聞けば、さらに態度を硬化させる一因になるかもしれない。

いずれにせよ、オアシスによるフジテック買収の本来の目的が、経済安保上の問題に抵触しなかったにしても、上場企業が他山の石にすべきはガバナンスやコンプライアンスの地固めが必要だ。会社の乗っ取りだけでなく、国の安全保障をも脅かすだけに経営責任は一層増す。同時に国にも資本市場を過度に規制しないよう難しい舵取りが求められる。

他方、2日の内山氏の記者会見でマスコミが報じていない興味深い話がいくつかあった。

(後編に続く)

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