「2対1ルール」安倍政権もやってほしかったトランプ政権最強の政策
歯学博士だけど日本の衰退に不満で書いちゃった
中田 智之(歯学博士/医療行政アナリスト)
日本では知る人ぞ知るトランプ政権の最強の政策「2対1ルール」に注目
日本では規制が増え続け低成長、トランプ時代の米国では規制撤廃で成長
制度の源流は英国。日本でも導入すべきだが、前提となる試算が機能不全
(編集部より)いつもは医療行政や社会保障視点での経済政策を専門に分析している中田智之さんですが、歯科診療所の経営を通して長年不満だった日本の低成長と経済失政に物申そうと、“準専門”分野にしている自由主義政策研究の成果を発揮。功罪あったトランプ政権で明確に「功績」と言える、ある政策について解説します。
アベノミクスは最も重要な3本目「規制緩和と構造改革」が不発したため、日本の停滞は今も続いています。
一方のアメリカではトランプ前大統領によって大規模な規制改革・税制改革・医療制度改革が行われ、新型コロナ蔓延以前の2020年2月時点では政治への満足度は15年ぶりの高水準。米国人成人の63%は経済的に良い状態と回答し、経済への信頼感は2000年以来の高さとなりました。
このような大幅な規制緩和の推進力となったのは大統領令13771、通称「2対1ルール」といわれています。しかしその全容に関して、国内メディアにおいてはわずかな情報しかありません。
(関連)なぜアベノミクス第三の矢「規制改革」が折れてしまったのか? – SAKISIRU(サキシル)
(参考)Trump Job Approval Steady at 49% - gallup(2020.2.20)
そこで今回は大統領令13771を一部抜粋して紹介するとともに、その意図や成り立ちを紐解きたいとおもいます。
(原文)Reducing Regulation and Controlling Regulatory Costs ― 大統領令13771(2017年1月30日)
そもそも「2対1」ルールとは?
時代や技術の進歩によって新しい規制は必要になってきます。しかし単に増やし続けると社会の非効率が大きくなり、現に日本では1日1本のペースで規制が増え続けています。
そこで新しい規制を作る場合、古くなり必要性が乏しくなった規制を2つ以上廃止、もしくは規制が与える経済的影響が同等かそれ以下となるよう行政機関自身が剪定に協力するよう求めるのがこの制度です。
これまで既存の規制を廃止にするためには事前調査や擁護派の説得など、多大な政治的コストを要してきました。しかしこのインセンティブを逆転させる制度によって、最も規制に詳しい行政機関自身が規制緩和と経済的コストの削減に取り組むこととなります。
規制の総数が減り簡素になることは、法知識分野へコストをかけづらい中小企業やスタートアップに対して有利。新しいアイデアや挑戦を阻害しないことで経済成長を促進させる狙いがあります。
「Two for one rule」等と表記されるこの大統領令はトランプ氏の大統領就任直後に発令され、米国商工会議所などのビジネスグループに支持されました。
一方でPublic Citizen・Natural Resources Defense Council・Communications Workers of Americaらは権力の分離に違反していると告発。地方裁判所の判決は、大統領令の違法性はないというものでした。
当初実効性を疑問視する声も多い中、経済的に重要な規制は2019年度では61の廃止に対し35の新設と減少。経済諮問委員会(CEA)は健康保険の規制撤廃によって年間1家計あたり700ドルの可処分所得の上昇が期待できると試算し、インフレ率を超えて上昇し続けていた処方薬価格も1972年以降初めて下落しました。
しかし大統領令13771は予想されたとおり持続可能性に乏しく、バイデン氏が大統領に就任すると大統領令13992号(2021年1月20日)であえなく廃止に。この有効期間の短さから十分に分析されない、「幻の政策」となってしまったのだと考えられます。
(参考)米国経済白書2020 ― 蒼天社出版(2020年7月30日)
(参考)Federal Register :: Revocation of Certain Executive Orders Concerning Federal Regulation
源流はイギリス。日本では壁
それでは「2対1ルール」とはトランプ大統領発案の短期的なムーブメントだったのでしょうか。実はこの制度の源流となるアイデアは2010-2015年頃までイギリスで実施されています。 保守党出身の若き首相キャメロン氏の「One-in-two-out」はビジネス分野における中小企業支援策として位置付けられ、約9億6,300万ポンドの負担軽減を実績とし、リーマンショックからの早期回復へと繋げました。「トランプ版」ではそれをヘルスケア・雇用・金融分野まで拡大したことが特徴です。
President Trump’s “One-in, Two-out” Rule: Lessons from the UK ― Cato(2017年1月31日)
(参考)2010 to 2015 government policy: business regulation ― GOV.UK またカナダでは「One-for-One Rule」があり、新規規制のコストは、既存の規制コストで相殺しなければならないとしています。 このように2対1ルールは複数の国で実施され、即効性がある方法だと明らかになりました。
それでは日本でも同様の試みはできるのでしょうか。 残念ながら、日本においては2対1ルールが機能する前提となっている、「規制がもたらす経済効果の試算(RIA)」が実効力をもっていません。
国内では直接的に規制に関わってくるのが省令・告示・通達などであるのに、RIAの対象は法律・政令のごく一部に限定。レジ袋有料化も根拠が省令であるため、RIAの対象になりません。
これでは議論の前提にすら立つことができず、国民の「知る権利」は大きく制限された状態です。SAKISIRU創刊時の連載テーマになった「田中角栄の遺産」を清算するためには、まずあたりまえの取り組みとしてRIAを実効性のあるものに改良し、その上で政策形成過程を徹底的に情報公開する必要があるでしょう。