人が変わるために必要な余白の考え方
こんにちは!
ジブリのBGMを聴きながら作業するという高校生から変わらない技を持っている「さきしま」です。
今日は「人が変わるために必要な余白の考え方」というテーマでお話ししたいと思います。
偉そうに言ってますが、私自身がなかなか変わることができない人の一人です。笑
最近、休職中の方に関わらず多くの人とお話しさせて頂きますが、
私同様に「変われない」という悩みを持つ方は非常に多いと感じます。
だからこそぜひとも読んで頂きたい内容です!
なぜ大人は変わることができないのか。
余白にはどんな意味があるのか。
結論から先に言えば
「人が変わるには余白の意味を深く知る必要がある。」
と思ってます!
この結論に対して私が考えたことをお話しします。
それではいきましょー!
※ちょっぴり読みやすいブログはこちら▶︎ターニングポイント研究所
●変わるのって難しい
30歳になり、人生観や今の働き方について人と話すことが多くなりました。
その中でもよく「今の働き方を変えたい」「熱中できる何かを持ちたい」という話になります。なぜ変われないのかとなれば、「仕事や家庭が忙しいから」「何か大きなきっかけがあれば」「〇〇さえあれば、●●さえなければ」といった内容が多いです。
私にも当てはまることが多いのでとても分かります。
そして多くの場合、今の状況にプラスアルフファで新しい変わる要素を求めていて、それが向こうからやってくるのを待っているように思われます。
でも本当にそれで良いのか。考えてみました。
●何も捨てずに新しい何かを得るのは厳しい
変わりたい自分を求めて手当たり次第色々な事に挑戦する人がいますよね。
新しい習い事や新しい交友関係など。めちゃめちゃアクティブな人。
でもそんな人でもなかなか変われないと言っています。
なぜか。それは「それらの行動が今の生活にプラスアルファで足したものだから」だと思います。
つまりは「何も捨てずに、新しいものを手に入れようとしているから。」
そんなことが可能なのか。
答えはNOだと思うのです。
山を登る中で必要としていた重装備のままで、新しい海の中を冒険することに挑んでいる状態、と言えばわかりやすいでしょうか。
(もちろん中には重装備で海中を動き回る猛者もいるかもしれません。。)
今の生活や仕事を持ちながら、新しい生活や事業を始めるのは限界があります。
休みの日で物理的に手が空いているようでも、頭の中は昨日の仕事のこと、来週の為のプレゼン資料、さっき見たSNSの友達の発信、Netflixのドラマの続きのことでいっぱいです。
見た目の形だけ新しいことはできても、今の器の中に収まる範囲内での活動になってしまいます。
必死に考えたつもりでも明日の仕事のこと、来週のプレゼンの状況を考慮した範囲での新しいものになってしまいます。
そんな中では長い将来を考えた新しいことはできず、なりたい自分に向けた思考の整理もできないと思うのです。
●余白の必要性
つまりは本気で新しいことを得ようと思ったら物理的にも、精神的にも「余白」が必要だと思います。
私自身、休職する前は常に変わりたい要素でいっぱいでした。
今の仕事で出世もしたければ、有名になりたい、こんなスキルも欲しければ、こんな人脈も欲しい。お金も欲しい。家族も欲しい。
全ては今の状況に足していくものだと思っていました。
頑張っていればそれら全てを手にれた状況になれると。
もちろん何もしないわけではなく、活動的に休みの間に動いているつもりでした。しかし、自覚として根本的に何かが変わることはできませんでした。
(客観的には進んでいたかもしれませんが、自分の中では違いました。)
その中で半ば強制的に取った「休職期間」という余白。
しばらくは何もできずにいましたが、動けるようになると今までの仕事や人間関係に制約されずにやりたいことを考えられるようになり、実際にできるようになりました。
「余白」が突き動かすパワーを知りました。
●余白を作る難しさ
しかし、この「余白」はなかなか作るのが難しいものです。
なぜなら、余白は合理性では解決できないものだからです。
人は合理的な判断を求める中で、物事を自然とメリット、デメリットで判断しています。
その中で余白ほど、不確かなものはありません。
余白を作った先に何が入ってくるかわからない。何も入ってこないかもしれない。具体的なメリットは見えない中でデメリットははっきりと見えている状況なのです。
休職期間という余白であってもそうです。
休職をキッカケに必ず変わるということは保証されていません。
その一方、今の仕事場での立場や給与などを一時的に手放すというデメリットはありありと見えてしまいます。
となれば賢くなってしまった大人であればあるほど、今持っているものを守った方が合理的だと考えてしまうのは当然の流れです。
つまり、余白を作る為に何かを手放すことは大人の求める合理性に反する行為になってしまうんです。。。
つらい。。
●子供は余白を作る天才
余白を作ることは難しい。。
でもそれを自然にできている人がいます。
それは「子供」です
子供は大人ほど人生の経験値がない為に、物事をニュートラルにみています。
もちろん良い事、悪い事という判断基準はあるかと思いますが、メリット、デメリットを厳密に比較して行動ということは多くありません。
その結果、自然と余白をつくる勇気があります。
手放すという概念にも寛容なので、大人に比べて余白をすぐに作り出せます。
(昨日まで愛していたアンパンマンへの愛がいつの間にかポケモンに変わっている。みたいな)
だから子供たちは新しいことに夢中になれるし、日々変わることができるんですね。
それに比べて大人はどうか。
大人になる中で経験値が積まれた大人は常識を手に物事をすぐにメリット、デメリットで判断してしまいます。
良くも悪くも何か始める前にすぐに「これは仕事に繋がらないな」「これは時間対効果が低い」「大学卒なのにこの仕事はないな」等と先の見通しをつけてしまいます。
具体的なメリットの見当たらない余白はここで選択肢から外されてしまいます。
その結果、新しいことを手に入れる為の余白が取れず、変わることができないと嘆くという今に繋がっていくのです。
●余白を意識的に作り出せるか
「賢くなりすぎて、変わる為の余白が作れない」なんとも悲しい成長ですね。
しかし、そこは賢い大人!
この構図を知った今なら大人なりのアクションが取れるはずです!
余白の意味を理解し、合理性に振り回されない時間やアクションを意識する。
合理性を超えた中で作った余白の中で
今の状況に囚われず、物事に真剣に取り組める。
並行で何かをこなしていた今まででは感じえなかった感覚に出会う。
それらの新しい感覚や価値観の中で
人生を変える人と出会う、人生を変える体験をする。
全ては合理性を超える余白から始まるのかなと思ってます。
#哲学の領域 。笑
結論、「人が変わるには余白の意味を深く知る必要がある。」
それではまた!