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【絵本屋さん日記】 ベンチ日和

店の中だけでなく、店の外にも愛情を持ち出していきたいと思う。

店の外にはベンチが2つある。青色と桃色の手作りベンチ。そこは商店街を歩く人にとって休憩スポットにもなっていて、年配の方々が腰をかけてくれていると嬉しい気持ちになる。そして、わたし自身もお客さんが居ないとき、休憩に座っている。

ベンチに座っていると、必ずといっていいほど、誰かが話しかけてくれる。店の中では、店内にいる人だけがお客さんだけれど、店の外にいるだけで、その範囲はぐんと広がる。それが楽しくて、ひとつずつの出会いが心に残ってゆく。

何度か会ったことのある自転車乗りのお姉さんが、いつものように店の前を自転車で通り過ぎたのち、引き返して戻ってきた。「なにしてるの?」「休憩です」わたしは片手におやつのスイカを持ちながら。
「いいねスイカ」お姉さんはカラッと笑う。

それからスイカの話、夏の話、お姉さんの昔の職場の話をしてくれたのち、「そういえば」と鞄を探って、小さな立方体の箱に入ったフウセンガムを分けてくれた。「4個あるから2個ずつね」って、かわいいシェアだと思った。

別にお姉さんの話は、オチがあるわけでもないし、役に立つ情報があるわけでもない。けれど、わたしはそういうとき、心から楽しいと思っているし、面白くて笑っている。

気質として、損得勘定しがちなわたしだけれど、この時間に価値を感じて、進んで享受したいと思っている自分を不思議に思う。少し安堵する。

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近所に住むおじいさんが、ベンチに座るわたしの前を通りかかり、久しぶりに話しかけてくれた。その人とは仲が良いのだけれど、最近見ないので気にかかっていた。毎週土曜日に来てくれていた朝ごはんも、ここのところめっきり来ていなかった。「体調がずっと悪かったんです。余命宣告までされたけど、別の病院に行ったら診断が変わって、いまは体調が良くなってきました」そう、おじいさんは言った。

来る別れを予感させる話題に、「もう生きすぎているんですけどね」と自虐的な冗談ばかりを挟むおじいさん。笑えなくて、つい眉間に皺を寄せて黙ると、「優しくしてくれてありがとう」とおじいさんは言った。「年をとると、みんなに避けられてしまい、友達も減ってしまった。それでも、こうやって優しくしてくれる人がいて嬉しい」

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店内だけではなく、店外にも愛をもっていたいと思う。でもそんな気持ちのもと、世界中に満遍なく愛情を抱くことは難しくて、せめて店の半径数十メートルのなかでは、他者に心を寄り添わせていきたい。とは言いつつも、わたしは自分に関心を向けてくれた誰かから、愛をいただいてばかりだろう。


店内の冷房に疲れたとき、眠たくなるとき、雨が上がったとき、夏の風にあたってアイスやスイカを食べたいとき。これからもベンチに座っています。ぜひ話しかけてくださいね。


秋になるとテラス席を作ってみるのだけれど、気づくと沢山のお裾分けをいただいている


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