知見を深めた日
先日東野圭吾さんの『手紙』という本を読んだ。書店で本を選ぶ際、ポイントはネットでの批評を読んで興味を持ったものを予めリストアップするか、背表紙のあらすじを読み良いなと感じたもの。ほとんどの場合この2パターンによって決めている。
話は逸れてしまったが、この『手紙』という作品。ネタバレを避けるべく簡潔にあらすじを述べると、身内が犯罪を犯した際に残された家族の今後の人生についての物語となっている。これを読み終えた際、何ともいえない感情で一杯になった。読んでいる時には思わず涙ぐみそうになり電車で必死に堪えたかと思いきや、このような境遇になってしまえば自分が前向きに乗り越えようとし行動するのか。様々なことを思い張り巡らせている間にいつのまにか読み終えていた、そんな感覚に陥った一冊であった。
当たり前であるが世の中に法律や倫理というものが存在する以上、どんな罪であっても同情の余地は生まれない。かといってたまたま罪人と関係があったことにより、何の罪を犯していない人までも肩身の狭い思いをして生活することが強いられてしまう。言葉ではそんなこと間違っていると多くの人が思っていても、実際にこのような状況に直面したならば多分このような声を挙げて行動する人が多くはないと思うのが現実問題だと思う。世の中綺麗事を語るのは自由であるが、上手く物事が運ぶとは到底思えない。社会はそう単純なものではなく、敢えて罪を犯した人を「差別」すると作中で表現していたように私たちが生きる社会は思っているほど複雑で、仕方ないという言葉で片付けられないこともあると気づかされる作品であった。
罪を犯してはいけないということは大前提の元、その後の人生にもフォーカスすることで、世間体は思っているほど甘く容易なものではないということを再認識させられた。
お読みいただきありがとうございました。