君と重ね合う、モノローグ
るぅとくん、活動9周年 本当におめでとう。
まるっと9年、駆け抜けてきた君へ。
るぅとくんが始まりを決意したその瞬間は、数多の想いを紡ぎながら、今ここに在るよ。
始まりという大きな塔。9周年の今日まで、たくさんの塔を建ててきてくれたと思います。
想い出として鮮烈に焼き付いているそれ、以外にも、間を歩いてきた日々のことだって、憶えてる。
あの日踏み出してくれた君に、いつだって前に進むことを、隣にいることを選び続けてくれた君に、詩で、伝えたい。
第1章
1 一歩踏み出した君は
2015年4月19日。
君は、広い広いこの世界に一歩踏み込み、ひとつの音を響かせた。
9年間、すべてを零すことなく見ていたかと言われるとそうじゃないけれど、感じてた。繋いでくれた、その先で。
感じて、私は時折、思う。
この人はすごく活動者に向いていて、すごく活動者に向いていないな、と。
まっすぐなんだ。なにより優しさを持っていて、その優しさを人に注ぐことのできる人。寄り添おうと手を伸ばしてくれる人。抱えていた弱さを強みに変えることのできる、芯のある人。
でも、だからこそ、苦しい瞬間も幾度となく訪れたのだろう。時間が、想いが、長く深いほどに。バランスを取れない瞬間、息苦しくなってしまう瞬間。
それを、向いている向いていないではなく、想いで、がんばりでねじ伏せてしまうところに、るぅとくんの根底にあるものを感じて。それはきっと変わらない中でも変わっていって、今の君を構築しているのだと思います。
その一つひとつが、好きです。
2 想い、育み
るぅとくんが、ひとつのスタートラインに立った瞬間。
活動を始めたとき、続けようと思ったとき、音楽をつくって届けようと思ったとき。
そのほかにもたくさんあって、その一歩が特別な意味を持っている。
そんな中でも、「音楽をつくって届けよう」と思ってくれたことは、るぅとくんにとっての大きな転機だったんじゃないかな。
届けて、受け取って、という循環を繰り返しているうちに、想いが積み重なっていったこと。もっと前に進んでみたいと思ったこと。
そこから踏み出す原動力が、私たちであること。
それは先程綴った「変わらない」のひとつであると、日々感じています。
この道を選び取り続け、『届いて欲しい』と願い、居てくれる今。
るぅとくんがスタートラインより前に進もうと決めてくれたから、在るんだよ。
「君がいるから」を想い、一歩を確かに踏み締め、大事に大事にしてくれる君の強さに、ありがとう。
第2章
3 『しん』のある
『るぅとくん』を語る上で欠かせないのは、優しさだと思う。
その優しさのカタチがたくさんあること、ちゃんと知っています。
誰もがみな優しさだと感じるものから、そばにいるからこそ指が触れるものまで、るぅとくんの優しさって、思わず手から溢れるほどあって。
たとえば、ふとした瞬間の一言。
るぅとくんの自覚があるかないかわからないくらいのものにだって、その優しさを感じているよ。
毎週「日々想いを届けてくれてありがとう」と伝えてくれることも、義務のようなものじゃないのに、毎日どこかしらで存在を感じさせてくれることも。
いちごマイクラのときや、パルワールドをしているとき……ほかのメンバーさんの配信に、きっとできる限り顔を出してくれていたこと、「少しでも僕を感じられるように」と思ってのことだったんじゃないかな。
この優しさは、触れるたびに胸が締め付けられるような気持ちでいっぱいになる(だから、ゲーム内のるぅとくんのアバターすら愛せてしまう)。
このふたつはもちろん、そのほかにも るぅとくんのその全部が、他者への優しさなんだよね。
打算めいた優しさじゃなくて、ただ他者を想う気持ちによって構築された、芯のある優しさ。
時にはその人のためを思って、ちゃんと言葉にしてくれるのも、見守っていてくれるのも。真の優しさだと感じる。
一挙手一投足に、その微笑みにさえも優しさが宿っているとさえ思える。そう思わせてくれる、零したくない大切な優しさ。ありがとう。
優しい君を見てる。
4 数歩先の君へ
るぅとくんは、私の数歩先を生きているな、と思うときがあります。
私の生活にとって欠かせないピースはるぅとくんで、私はるぅとくんとの『いま』を、今日生きている。
けれどるぅとくんは、今日だけでなく、先の未来で届けることを考えている時間が多いんじゃないかな。
特に、るぅとくんがメインで届けてくれている音楽は、つくっている瞬間を届けるということがなかなか難しいよね(だからこそなるべくリアルタイムで、投稿される瞬間に受け取りたいと思うのだけれど)。
そのタイムラグがあればあるほど、先に進めているのかわからないときがあるような気がして。
言ってしまえば、この文章をるぅとくんが読んでいるときだって、書いているときでは到底届かない時間なんだよね。
ちゃんと届いているかな。これを受け取ってくれたとき、どんな反応をしてくれるだろう。
そう想いながらの作業になっているんだよね。次元が違うし、軽々しくは言いたくないけれど、わかる。私も今、祈りながら言葉に想いを乗せているもん。
るぅとくんの場合、あまりに先を見すぎて、『いま』がわからなくなってしまったり、その苦しさに気付かないふりをすることもあるかもしれません。
でも、それでも。
るぅとくんはきっと届けてくれるって、信じているから。突き詰めていけば(いかなくても)、そんなるぅとくんが好き。先まで考えてくれるって、それだけ未来を確立されたものにしてくれているということでしょ。未来の確約ほど愛おしいものってないよ。
いつかの過去で道に落としたもの、数歩先の今、一緒に拾い集めていこう。
そして、過去になる今も 一歩引いて、じゃなく、手を招き隣にいさせてくれるるぅとくんが、そのぬくもりが、大好き。
この一歩、踏み締めていこうね。
5 大切、届いて、伝わって
るぅとくんが数歩先を歩いている、歩けている、理由。
それは、紛れもなく君自身の努力であると思っています。
ここまできてなお、ずっと努力に努力を重ねているるぅとくんは、君が思う以上にすごいんだよ。
努力という一欠片にしてしまうのがもったいないくらいいろんなカタチで、るぅとくんの努力は至るところに潜んでいる。
毎週届けてくれる放送の、こだわりの詰まったかわいらしいサムネイルや企画。
届けてくれる音楽の、受け取るたびに広がっていっていると感じる表現力の幅。
一つひとつに、るぅとくんの実直すぎるほどの努力、『がんばり』が積み重なってる。
そのどちらも大切だけれど、前者は『届ける努力』、後者は『伝える努力』というカタチの違いがある気がします。
この違いって実はすっごく大きくて。
届ける努力だけでも伝える努力だけでも大変ですごいことなのに、そのどちらともに全力を注いでいるるぅとくんの姿を見ると、ちゃんと知っていたいなと強く思う。
人知れぬ努力もたくさんあるんだろうな。理解したい、その努力の がんばりの全部。
届けると伝える、ふたつが重なっているから、るぅとくんの届けてくれるものは深くまで刺さる。
淡々とこなしているわけじゃなく、一つひとつに意味を持たせるように、心を、想いを注いでくれるその努力が、とても眩しいです。
6 君の判断材料
突然だけれど、るぅとくん。
るぅとくんたちがテレビ等の媒体で紹介されるとき、どのような紹介のされ方をしますか?
「6人組エンタメユニット」「五大ドームツアー」「44公演のアリーナツアー」「紅白歌合戦出場」
よく使われるものだと、このくらいかな。
こんなに軽く文字にできてしまうのがもったいない、努力が積み重なってできた功績。
だけれど、これは『情報』である。
私がるぅとくんを好きになったきっかけは、間違いなく『思考』。
現代社会において、『情報』というものの価値はとてつもなく大きいと思います。
それなのに、私は情報なんてすっ飛ばして、るぅとくんを好きになった。
どんな活動をしているのかもよく知らずに、YouTubeを観た。
その中で放送の切り抜きを見つけて、君という人を思考した。
『音楽に対して熱量のある、かわいらしい人』くらいしか情報がなかったけれど、るぅとくんという人を知っていく中で、その人がつくる音楽に触れる中で、どんどん魅かれた。いろんな側面を好きになった。
世の中には情報が溢れている。それは諸刃の剣であり、虚偽の情報だってそこらじゅうに転がっている。
けれど、それを拾わず君という人を好きになれて、好きでいられる今、とても幸せです。
そして、るぅとくんも情報より思考で物事を判断している気がする。
世間一般的な括り、分類というフィルター越しでその人を見るのではなく、自らの目で見るその人を信じる、君が好き。
好きになったきっかけもだし、今も、これからも、情報より思考で、るぅとくんを好きでいたい。そう在る君も、素敵。
そう思わせてくれる君で、よかった。
7 濃くて甘くて重くておっきくて美しい
るぅとくんに関して、特筆すべきはそのまっすぐさと、重さと、綺麗さだと思う。
今まで第2章で綴ってきたものの根幹を成すのは、この3つなのではと思うほどに、るぅとくんはなによりまっすぐで、重くて、綺麗。
急に抽象的になってしまったけれど、本当に、毎日心から思っているよ。
まっすぐさは、もう言葉にするまでもないくらい、君の優しさから、姿勢から日々すごく感じていて。本当にまっすぐ、活動に全力を、心を注いでくれているよね。それこそ、重いくらいに。
その重さというのは、想いの重さ、そして言葉の重さ。るぅとくんがこの活動にかける想いは重いよね。特に秘密基地で、感じてる。
悩んだり、息苦しくなったり、そんな重いを抱える瞬間も。
溢れるほどの「好き」を零してくれる瞬間も。言葉にせずとも好きを、愛を感じてしまうくらい、深く重く愛してくれているのも、愛情を注いでくれているのも、知っているよ。
その重さが、綺麗なんだ。
るぅとくんの綺麗さはまっすぐさであり、重さでもある。
一見正反対に思えるそのふたつが、るぅとくんでは成り立っているんだよね。
だって、るぅとくんの抱えるそれらは、全部想いでできているから。
るぅとくんの想いが綺麗だからまっすぐさも重さも全部ひっくるめて、綺麗だって言えます。
私から見たら、この世のどんな絶景よりも綺麗なものだし、なにより愛している温度のある重さ。
それは時にるぅとくん自身を苦しめかねないと思うけれど、君の持つ重さは「同じ気持ちでいてくれていること」の証明でもある気がして。
手と手を繋ぐように重さを分けてくれるるぅとくんが、その瞬間が、愛しい。
どうか、抱え込まないでね。
8 ひとりよがり、ふたりとなり
私は、『るぅとくん』の対極に位置するのが『ひとりよがり』だと思う。
るぅとくんの言葉は、音楽は、届けてくれるからこそ成り立っている。
その時点で『ひとりよがり』からはだいぶ遠いのだけれど、なにより、るぅとくんの想い。
重くも綺麗であるそれは、自分本位なものではなく、私たちを想ってくれているからこそなんだよね。
自分より人に重きを置いた想い。
それをたくさん、たくさん含んだるぅとくんの言葉は、何気なく発したものだろうと、いつだって重みがあるし、私の心にいちばん深く寄り添ってくれる。
ひとりよがりじゃない、いつだって相手のことを考えた、手を伸ばしてくれるような優しい言葉だから。
なにより『届けること』を意識した音楽は、るぅとくんのまっすぐさが突き刺さって、それでいてあたたかく、いつだって手をつないでいてくれるような、安心感がある。もちろん新鮮さもあって、私に新しい世界を見せて、魅せてくれる。
届けて、やっと一区切りのつくストーリー。
代わりなんてないそのカタチを選び取り続けてくれるのがるぅとくんらしくて、大好きです。
ドームツアーのときのストーリー。
この言葉を受け取って、私の世界は変わった。
受け取った瞬間のあの熱は言葉にし難いほど、抱きしめたくなるようなものだった。
正直、ネイルやヘアメって、ステージ上にいるるぅとくんに見えやすいものではないし、それらをしたとて、目に見える『いいこと』はるぅとくんの身に起こらないだろう。だから、自己満足でひとりよがりなものだ、と思っていた。
だけれど、ひとりよがりなはずだったそれを受け取ってくれるというのだ。いちばん知っていてほしい、他でもない君が。
自己満足なもの、というのを包み込んだ上で、「君の全てが見たいから」と。
そうやって、ひとりよがりじゃなくさせてくれる。るぅとくんは求めて、受け取ってくれるから。
あまりの嬉しさに、2年以上経った今でもスクショを見返します。
私がるぅとくんのことを知りたいように、叶うのなら全てを見たいと思うように、るぅとくんも同じ気持ちでいてくれているんだって、あの瞬間の熱は私に根付いて、確固たるものになっている。
私が発信するものも、ひとりよがりにさせないよう受け取ってくれる君に、その姿勢に、いつも魅かれてる。
9 光のパイプオルガン
長かった第2章もラストスパート。最後まで付き合ってくれると嬉しいです。綴った分だけ、君の証であることは間違いないから。
一緒じゃなきゃ。ひとりよがりなものになるの、嫌だから。
去年の4月19日から今日に至るまで、いろいろなことがあったよね。
変わったこと、変わらなかったこと、たくさん。
変わったことに対して、心が揺れ動かなかったかと問われたら、否定はできない。
それでもそばにいるのは、この先もそう在りたいと思うのは、るぅとくんが幾度となく寄り添ってくれるから。想いを伝えてくれるから。たくさんの未来を見せてくれるから、一緒に見ようと手を繋いでいてくれるから。
私たちには、自由に飛べるような羽なんてないけれど、それでもこんなにたくさんの今を、未来を見渡せる。それはるぅとくんがその手で積み重ね、その足で一歩を踏み締めていてくれるおかげです。
そのおかげでもっと高く、広く、見渡せる範囲が広くなっているよ。
何度も何度も立ちはだかる選択肢の果てに掴み取った、選び取ってくれた、今。
その先で、るぅとくんはありったけの優しさを、想いを、言葉や音楽というカタチにして、注いでくれる。寄り添ってくれる。
数多くあるるぅとくんの優しさのうちの大きなひとつは、『寄り添う』という優しさだと思っています。
昨日に寄り添って今日を照らしてくれるし、明日に寄り添って今日を生き抜く勇気をくれる、とにかくあったかいとしか形容できないような、寄り添い方。
特に、今日への寄り添い方が好き。
るぅとくんの「君もがんばった!」の言葉に、何度救われてきただろう。
がんばれなかった も がんばれた も、全部まとめてその熱で包み込んでくれるような、甘えられるような、そんな寄り添い方が大好き。
『心の距離』を意識して、大切をそばに置いてくれるのも、なによりそばにいてくれるのも、そう感じさせてくれること、そう在ろうとしてくれることも、寄り添い方の一つだと感じてる。
そして、未来を見せてくれるのも。
今日はこんな作業をした、こんな収録をした、と伝えてくれることが、一緒にがんばれた時間を想わせてくれる、るぅとくんのがんばりを大切にさせてくれる『今日への寄り添い』だし、その一つひとつが私の、羽のような原動力です。
るぅとくんの寄り添い方が、寄り添いながら「一緒」と傍に居てくれる君が、魅せてくれる未来が、大好き。
第3章
10 君との10ページ目
やっと迎えた、君との第3章。
ここから先、なにを記そうかずっと考えているのだけれど、どうにも思い浮かばない。筆が進まないな。
それもそのはず、この先は過去ではない。今であり、未来。モノローグとして綴ることはできない。
この先は、るぅとくんと。
今幕が上がったばかりの第3章は、積み重ねた第1章、第2章で育まれた好きを抱え、進んでいける。
それだけでものすごく心強いし、なにより隣には、変わらずるぅとくんが居てくれる。
この『変わらない』がどれだけ大きな意味を持っているか、痛感する毎日です。
紡いだモノローグを受け取って、るぅとくんはどう思ってくれた?
るぅとくんの活動を振り返って、そのストーリーに添いながら、君という人を私の目線から、モノローグとして綴ってみました。
モノローグは日本語に訳すと「独白」だけれど、これは私ひとりで紡いだわけじゃない、君と紡いだモノローグなんだよ。
君とだから特別で、記したくて、色褪せぬよう守っていたいもの。
さあ、そろそろ、第3章の1ページ目に君の歴史が記されるかな。
第3章も、一緒に。気が早いけれど、第4章も第5章もその先も……今日この日のように、一緒に迎えよう。君と一緒なら、この先だってひらいていけると信じているから。
第3章でも10年目でも、変わること、変わらないこと、きっとたくさんあると思う。そのたびに心が揺れ動いたり、悩み 壁にぶつかったりもするだろうけれど、君となら、るぅとくんとなら。
変わるも変わらないも抱きしめて、全部が大切だって、笑顔で進んでいけます。
いろいろな思いを抱える瞬間、この先だってきっとあって。思いが想いに、時に重いへとカタチを変えることもあるだろうけれど、そのたび、だいじょうぶ、ってそばにいたい。
大好きな君と、10年目である第3章も進んでいけますように。るぅとくんらしくいてほしい。
そばで見守って……じゃなくて!
隣で一緒に、進んでいこうね。
第3章の1ページ目を刻む準備は、ばっちりだから。
君の隣で、うたを紡いでいけますように。
重なり合う想いを、愛おしく思いながら。
2024.4.19
さき