見出し画像

そもそも木彫り熊って何?

北海道のお土産でよく見かける木彫り熊

木彫り熊には、大きく分けて2つのルーツがあります。北海道のお土産としてよく知られる木彫り熊ですが、多くの方がその起源をアイヌの伝統工芸品にあると考えがちです。しかし、それだけではありません。確かにアイヌ民族の工芸品としての側面もありますが、実際に木彫り熊を北海道の産業として確立させたのは尾張徳川家なのです。

木彫り熊のルーツは大きく「旭川系」と「八雲系」の2つに分かれます。もちろん他の地域でも木彫りの熊は作られていますが、今回はこの2つのルーツについて紹介したいと思います。

旭川系とは??

旭川系は、アイヌの松井梅太郎氏が熊を取り逃がした悔しさから1926年(大正15年)に初めて制作したのが始まりとされています。旭川での土産物販売は明治期から始まり、当時はアイヌの男性が作る木彫品や女性の織物が土産物として売られていました。しかし、熊をかたどることは儀礼具に限られ、観賞用の置物として木彫り熊を作ることはありませんでした。

これは、北海道の伝統的な価値観において「熊や人の姿をかたどったものには特別な力が宿る」と信じられていたからです。熊は自然の象徴的な存在であり、北海道の人々にとって特別な思いが込められた動物でした。そのため、単なる観賞用や商品として熊を彫ることには慎重で、抵抗を感じる人も少なくなかったのです。

しかし戦後、北海道観光がブームとなり、旭川の「近文アイヌコタン」が観光地として注目されると、お土産物としての木彫り熊の需要が高まっていきました。旭川系の代表的な木彫り熊としては、鮭をくわえた熊「鮭喰熊」がよく知られています。

八雲系とは?

八雲系には少し複雑な歴史があります。
時は明治時代に遡ります。
明治維新によって家禄が廃止され、士族の生活が困窮したため、旧名古屋藩主であった徳川慶勝はこの状況を憂い、明治10年(1877年)に5万円を第11国立銀行に預託し、その利子を旧家臣の就労支援に充てることにしました。家臣に新たな職業の道を開くため、北海道開拓を志し、同年7月には家臣である吉田知行、角田弘業、片桐助作らを派遣して、適した開拓地を調査するよう命じました。その結果、選ばれた地が遊楽部(現在の八雲町)でした。

一方、徳川農場主であった徳川義親は「くま狩りの殿様」とも呼ばれるほど狩りを好み、しばしば山間部へ出向くことで農民の貧しい生活に触れる機会が多く、常に農民の生活向上に関心を寄せていました。

大正10年(1921年)から翌11年にかけて、義親が第一次世界大戦後のヨーロッパを旅行し、ドイツ、フランス、スイスなどで農民の生活を視察した際、スイスで熊をモデルにした木彫りの民芸品が販売されているのを目にしました。義親はこれを八雲の農民に副業として奨励し、彼らの生活向上に役立てようと考え、見本となる木彫り熊を買い求めて帰国しました。また、熊の木彫り以外にも盆、フォーク、ペーパーナイフなど、参考になる多くの民芸品も持ち帰りました。

帰国した義親は翌年、八雲を訪れてこれらの見本を農民に示し、「完成した製品はすべて買い上げる」と約束し、製作に取り組むよう奨励しました。そして、初めて、八雲で木彫り熊を制作したのは八雲の酪農家の伊藤政雄です。伊藤氏はスイスの木彫り熊を参考としてに製作を開始し、その後、多くの農民がこの技術を学び、地域の特産品として発展していきました。

こうして、八雲系木彫り熊が誕生し、後に北海道を代表する民芸品の一つとして成長していったのです。
八雲系の熊の特徴は目にガラスが入っていること、毛彫りや一刀彫などがあります。最大の特徴は鮭をくわえていないところです。なぜくわえていないかなどは、大変面白いのですが長いのでまた別にまとめます。

結びに

このように北海道の木彫り熊は旭川系と八雲系では全く別のルーツを持ちます。
木彫り熊だけではなく、北海道の熊意匠の歴史は長く、縄文時代には熊の意匠の土器や石器などが作られていました。このお話は収集中なのと余談なので機会があればまたどこかで書きたいと思います。

★参考文献★

北方民族博物館. (2000). 北方民族博物館だより No. 038. 北海道立北方民族博物館. https://www.hoppohm.org/book/dayori/dayori37-48/dayori_038.pdf (閲覧日: 2024年11月15日)

北方民族博物館. (2020). 北方民族博物館だより No. 117. 北海道立北方民族博物館. https://www.hoppohm.org/book/dayori/dayori109-120/dayori_117.pdf (閲覧日: 2024年11月15日)

北海道大学アイヌ・先住民研究センター. (2019). 北海道大学アイヌ・先住民研究センター報告書 第6号*. 北海道大学. https://www.cais.hokudai.ac.jp/wp-content/uploads/2019/07/ainureport06_05.pdf (閲覧日: 2024年11月15日)

八雲町役場. (1983). デジタル八雲町史.第4編 産業と経済 .八雲町公式サイト. http://www2.town.yakumo.hokkaido.jp/history/ep04.htm (閲覧日: 2024年11月15日)

八雲町役場. (1983). デジタル八雲町史.第10編 文化.八雲町公式サイト. http://www2.town.yakumo.hokkaido.jp/history/ep10.htm (閲覧日: 2024年11月15日)

八雲町資料館. (2014). 伊藤政雄さんの賞状. 八雲町資料館ブログ. https://www.town.yakumo.lg.jp/blog/museum/index.php/2014/01/24/2608/(閲覧日: 2024年11月15日)

北海道博物館協会学芸職員部会. (2013). 八雲の木彫り熊たち【コラムリレー第39回】. 集まれ!北海道の学芸員 . https://www.hk-curators.jp/archives/1416(閲覧日: 2024年11月15日)


いいなと思ったら応援しよう!