ソーラーパネルは八咫鏡の擬態

盛り土をしたことで被害を甚大にしたと考えられる伊豆山の土石流の起点とその近くのソーラーパネルが設置された土地の所有者は同一人物です。

人を寄せ付けない山奥というのは、神や精霊の住まう聖域です。

そこに広範囲に人工物を設置することの意味を認識せずに(もしくはあえて知らないふりを装い)危険な開発行為に及ぶのはなぜなのか。

伊豆山だけでなく、日本全国どこでも、どういうわけか、聖域となる山に、大規模なソーラーパネルの設置が行われています。

これは儀式であり、八咫鏡の擬態、聖杯のすり替えが行われているということです。

恒星のエネルギーを地上に分配する現象化の装置である聖杯=八咫鏡を手中に納めることで、人類の集合意識がリアリティを注ぐ領域そのものを支配できると考えているようです。

ナチス・ドイツの洗脳技術の最も洗練された形態が日本で展開されています。

そして日本で現象化することは、全世界に波及します。

不滅の生命エネルギーを媒介するシステムは、宇宙の秩序に適った永続する均衡のメカニズムを備えていなければ機能しません。

それが、八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉の三種の神器を実際に操作するための必須要素となります。

八咫鏡だけ押さえて、意識を操作することで、他の二つも自動的に手に入れようとムシのよい考えをして、自然に敬意を欠いた危険な開発行為による環境破壊を引き起こしています。

神社やお寺も、海外から日本へもたらされた想念形態です。

キリスト教も日本に世俗化した記念日を使って普及にいそしんでいます。

これらは集合意識を操作するための工作活動です。

瞑想会や儀式など、宗教・スピリチュアル団体(特にマスメディアが絡む)が展開する活動は、愛や平和を掲げつつ、希望や信仰心を利用し集合意識を操作する意図があると考えられます。そういった操作を無効化する意識状態=ただの人がそもそも神なのだということを思い出すことが本筋ではないかと思うのですが、ひどく歪曲されています。

聖杯のすり替えという、今回現象化した日本の聖域を開発する太陽光発電事業の闇と全く同じ構造です。自然保護やエコを謳って環境破壊を行なっています。原発の失敗の二の舞です。

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