HATSUKOI 1981 第35話
第35話 木枯らしデート
松葉杖無しで歩けるようになった洋平は、11月末の土曜日、由美をデートに誘った。まだ無理は禁物だが、リハビリがてら歩くように医者に言われているので、ちょっと一緒に街をぶらぶらすることにした。コースは初デートと大体同じ。でも今回は初デートではいかなかったパーラー・シーガルで、義人おすすめナポリタンを食べる予定だ。
発表会が終わり、由美は部活が休みなので午前中の授業の後、以前同様、岩徳パルコ前で待ち合わせた。もう初めての時みたいなドキドキ感はないが、待つのも何かうれしい洋平であった。バスが着き横断歩道を渡ってくる由美は制服の冬服の上にカーディガンを羽織っている。晴れているが、もう風が冷たく、本格的な冬の訪れもまじかだ。
「寒いね。」
「うん。もうほとんど冬ね。」
そう言いながら由美は洋平の腕にしがみついた。周りにはけっこう人がいるし、同じ高校の連中も歩いている。洋平はちょっと人目が気になり、通りではなくビルの中を突っ切って三日町に抜けることにした。洋平が恥ずかしがっているのはわかっているが、由美はそのまま腕を組んで歩く。三日町に出たところで、タンランにボンタン姿の不良グループとすれ違った。
「ようよう。昼間っからいちゃついてんじゃねえぞ!」
イチャモンつけるヤンキーを無視して足を速める良平。由美は振り返ってアッカンベーをする。由美の手を引っ張り、さらに足を速めながら洋平は小声でささやく。
「やめなよ由美ちゃん。ああいうのには関わらないほうがいいよ。」
「大丈夫よ。あんなのただ粋がってるだけなんだから!」
わざと聞こえるように言った由美の言葉に、中の一人が反応した。
「なんだー?このアマ!」
二人は一気に走り出した。人ごみをすり抜け、スクランブル交差点まで来たところで後ろを振り返ると、幸いもうあの不良たちは見えなかった。洋平はちょっと前かがみで腰を抑える。
「まったく… 中にはたちの悪い連中もいるんだから、気を付けないと…」
「走らせちゃってごめん。腰大丈夫?」
「大丈夫。それよりもうあんなこと、やめなよ。」
ペロッと舌を出して頭をかくまねをする由美。洋平は指でちょこんと由美のおでこを小突くと、手をつないだ。
「さっ、腹も減ったし、急ごう!」
パーラー・シーガルに着くと、二人は壁際の席に座った。店内は明るくモダンで、海や港の写真が壁に飾ってある。蕪島、種差海岸や、白浜、葦毛崎展望台の写真もあった。
「ここずっと歩いたんだよね。また行きたいな。」
写真を見ながら由美が言う。
「うん。今度は種差だな。いちご煮や、ウニ丼がうまいんだよ。」
「そう。私いちご煮は食べたことない。高いんだよね?」
「ちょっとね。アワビとウニのお吸い物だから。俺も一度しかないよ。」
店員が水とメニューを持ってやってきた。洋平はナポリタンと決めているが、とりあえずメニューに目を通す。やはりシーフードがメインだ。
「由美ちゃん、何にする? 今日は俺のおごりだから、なんでもいいよ。
ここシーフードのメニューが多いけど…
義人のおすすめはナポリタンなんだよなあ。何でだろ?」
「きっと安くて量が多いからじゃない?
義人さん、やせてるけど大食いだから。」
「ん、なるほど確かにスパゲッティで一番安い。 でもあいつ意外と口肥えてるんだよ。 親父さん、俺の親父と一緒で昔ながらの旦那衆で、
やつも小さいころからついて回って、うまいもんばかり食べてるから。」
「じゃあ、間違いないんじゃない。私ナポリタンにする。」
「そう。じゃ、俺違うのにしようか… んー、
このボンゴレ・ロッソっての頼むから、分けっこしよう。
でもボンゴレ・ロッソって何だ?」
「あさりとトマトのスパゲッティ。ボンゴレがあさりで、ロッソは赤。
トマトソース使って赤いから。トマト使わないとビアンコで白。」
「詳しいね…」
「イタリア語、勉強してるから。歌の歌詞読めないとならないからね。」
「そうか。でもすごいね。こんな田舎の高校生でイタリア語知ってる奴
なんてほとんどいないよなぁ。あ、すみません。」
洋平は店員を呼び止め、注文をした。注文の後もしばらく、メニューを眺めながら言葉の意味を由美に聞く。
「はー、イタリア語完璧だ。」
「そんな大げさなぁ。イタリアンメニューぐらいみんな知ってるよ。」
「俺、外国語興味あって、クラブで週一だけどドイツ語やってるんだ。
英語もまあ好きだけど、ほかの言葉も知りたいなって。」
「じゃあ大学は外国語?」
「うん、そのつもり。 できればドイツ語学科に行けたらいいんだけど、 今の成績じゃちょっと厳しいんだ。 英語とフランス語とドイツ語は目茶苦茶偏差値高くて…」
「でも外国語なら、いずれにしても東京とか大阪でなくちゃいけないね。」
「う、うん。由美ちゃんも音大行くんでしょ。じゃあ東京じゃないの?」
「お待たせしました。」
店員が料理を運んできた。どちらもトマトソースなので、制服が汚れないようにナプキンを前掛けにして食べ始める。
「これ、うまい!ねえ、由美ちゃん食べてみて。」
「ナポリタンも義人さんの言う通り、おいしいよ!」
お互い相手の皿からフォークで巻き取り、一口食べる。洋平はあさりを少しよそって由美の皿にのせる。ほおばるたびにお互い目を合わせ、笑顔になる。洋平は思った。
『好きな人とうまい物を食べる。やっぱりこれが究極の幸せなんだ。』
「はい、あーん…」
由美が自分のフォークに巻き付けたナポリタンを洋平の前に差し出した。
「え?恥ずかしいよそれ…」
「大丈夫、今誰も見てないって!あーん!!」
由美に促されて口を開ける洋平。急いでほおばるとキョロキョロとあたりを見回した。幸い誰も見なかった?ようだ…すると今度は由美が口を開けて催促する。
「あーん!」
緊張しながら洋平は急いでボンゴレを巻き取り、由美の口へ運んだ。
『ああ、まさに恋人してるなあ…』
洋平とは違い由美は平気らしい。周りも気にせず洋平だけ見てニコニコしている。ちょっと顔を赤らめながら洋平も由美を見て微笑む。食べ終わって二人はナプキンで口の周りを拭く。その後由美はバッグから手鏡を出しチェックする。さすが女の子は違うなあと感心して眺めていると、由美が笑いながら紙ナプキンを一枚とり洋平の鼻の頭をひとふきした。
「クリスマスにはまだ早いです。トナカイさん。」
「あ…」
勘定を済ませて外に出ると、風はより冷たくなっていたが、二人ともそれが苦にはならなかった。その冷たい風が恋人たちをさらに寄り添わせるのだから。また腕を組んで町中をゆっくり歩く。三八城公園まで行き、しばらくベンチに座り、景色を眺める。城下から吹き上げる風はさらに冷たい。洋平は由美の肩を抱き寄せ頭をつける。
「風邪ひいちゃうからそろそろいこうか?」
「うん。」
途中自販機で缶コーヒーを買い手を温めながらすする。と、由美が話し出す。
「あのね。」
「ん?」
「さっきの話なんだけど…」
「何だっけ?さっきのって」
「進路の話。」
「ああ、そろそろ志望校絞り込まなきゃならないんだよなあ…。」
「あの、そうじゃなくて、私の…」
「え?でも由美ちゃんまだ一年生でしょ。まだ先の話じゃない。」
「それがね。留学するかもしれないの…」
「え?留学って外国に行くってこと?」
「うん。まず奨学金受けるために試験うけなくちゃならないんだけど、
今回の発表会の出来が良かったんで、先生が推薦してくれるって…」
「で、受かったら?」
洋平はこれがどういうことなのか、わかったが、そのことを考えたくなかった。でも、聞かざるを得ない…
「うちの学園と提携しているイタリアの学校へ一年、 留学することになるの。」
「いつから?」
「向こうは九月始まりだから… でも…」
「でも?な、何?」
洋平は頭がパニックになっている。
「向こうでイタリア語で授業うけるし、生活もイタリア語になるじゃない。 だから、留学までにイタリア語をマスターしろって…
うちの学校にもイタリア語出来る先生いるんだけど、 語学専門じゃないから… それで、東京の高校にいったん編入して、 語学学校通うことになりそうなの。」
「いつから?」
「来年の四月…」
由美も当然これが洋平と会えなくなるということが分かっている。でも、伝えなくちゃならない。だから、できるだけ冷静に、淡々と言っているのだが、感情が抑えられなくなってきた。
「春になったら… 会えなく…」
声が震えて小さく消える。洋平はどうしていいかわからない。わからないがただ、由美が泣くのを見たくない。由美を泣かしちゃいけないという思いだけで、口を開いた。
「す、すごいよ!この八戸からイタリアへ留学だよ。 由美ちゃん、夢にグンと近づくんだ。会えないって言ったって、 えーと、 んー… 一年半? で、八戸戻るの? いや、戻ってきたらそのまま東京の学校通って、音大受験でしょ? うん、そうだよ。そうそう。俺もそのころにはきっと東京に出てるから。 そしたら渋谷でデートだ。ん?なんで渋谷なんだ? ま、どこでもいいけど、やっぱり待ち合わせはハチ公前だね。 田舎もんの登竜門だから。」
由美は半べそながら、ちょっと笑った。こんなにまくし立てて、しゃべる洋平をいままで見たことがない。確かに滑稽なしゃべり方をしているのだがそれがおかしいわけじゃない。自分を元気づけようとしていることが嬉しかった。
「そうだね。ずっとあえなくなるわけじゃないもんね。」
由美は、目を潤ませながら微笑んだ。
続く・・・