第92回 女のからだは政府のものではない(ポーランド)
2019年3月、ワルシャワの「女性の権利センター」を訪れた時、ウシュラ・ノバコウスカ館長から「私たちセンターのものではありませんが、女性の大規模なデモのポスターです」と寄贈された。
シンプルだが強烈な印象を与える女性の顔。上部には「もう、うんざり! 女性蔑視や女性への暴力」。下は「デモだ。女のゼネストだ。2016年10月23日15時、ポーランド共和国下院前に集まれ」。
ポスターは2016年9月、ポーランド国会で妊娠中絶を禁止する法案の審議が始まることに怒った女性たちによって作成された。法案に抗議して、ワルシャワやクラクフなど全国約150の町で黒装束の女たちが広場へと繰り出した。その数15万人!
「女を激怒させるな!」「女の地獄は続く」「産む産まないを選ぶ権利は私にある」。その圧倒的数に屈したのか、国会は、法案を賛成58、反対352、棄権18で取り下げた。女性たちが勝利したかに見えた。
ところが2019年秋、選挙で右派政党「法と正義」が単独過半数を取ると、憲法最高裁に右派判事が任命されて右派が多数派になった。
「法と正義」は、憲法最高裁に判断を任せる戦術に出た。憲法最高裁は、コロナ禍のさなかの2020年10月、「胎児に重い障害がある場合の妊娠中絶を許す現行法は違憲」とした。抗議のデモは、ポーランドを超えてヨーロッパ各地に飛び火し、40万人を超えた。
ポーランドはカソリックの強い国だ。公表される妊娠中絶件数は年1000件程度と、ヨーロッパ諸国の中で極めて低い。ところが実際は、その150倍以上の女性が国外に出かけて手術している、と女性団体はいう。
憲法最高裁判決から数ケ月後の2021年1月27日、ほぼ全ての人工妊娠中絶を禁止する法律が施行された。今後、ポーランド女性は、強姦や母体の命に危険がある場合以外は妊娠中絶が不可能となった。
友人スワヴォーミラ・ヴァルチェフスカ(歴史学者)から聞いたのだが、ポーランドは大国に挟まれた辛苦続きの小国だ。とくに、第二次大戦中のナチスドイツによる大虐殺は記憶に新しい。そんな歴史ゆえに、「耐えに耐えて最後まで愚痴を言わないのがポーランド人」といわれているのだという。
だが、そんなポーランド女性たちも、耐えがたい事態に直面して爆発した。昨年暮れから今年に入っても、ポーランド全土で繰り広げられる抗議デモのニュースがテレビに流れてくる。今日もやっているようだ。
(三井マリ子/「i女のしんぶん」2021年3月10日号)
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