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【小説】ふかふかさま

お母さんより、お母さんみたいだった。

―――
 それは、本当に午後6時ぴったりにやってきた。
 大きな大きな真っ黒な塊が――羊が、入ってきた。
 おばあちゃんのお店の出入口いっぱいの横幅――3mくらいはある。私の身長よりも高い全高。お店の棚くらいあるデッカい巻き角。戸棚のガラスをおっきなおっきなモコモコの体毛で擦りながらカウンターまでやってくると。
 そっと。
 小さなエクレアを一袋差し出してきた。
「200円、です」
 私が言うと、ぽこん、と。
 フワフワの真っ黒い体毛の中から二枚、百円玉が転がり出てきた。
「ありがとう、ございました」
 私が頭を下げると、モサ、モサ……と音を立てながら。
 おっきなおっきな真っ黒い塊が、バックでお店を出て行った。
「びっ……くりしたぁ」
 これが、私と『ふかふか様』の初めての出会いでした。

◇  ◇  ◇

 私がおばあちゃんちにやってきたのは、三日前のこと。
「家出してきてやった! ばあちゃんのお店の子になる!」
「ふふふ。いいよ、じゃあ店番してくれるかい」
「うん! 任せて!」
 勢いで出てきた私を、快く泊めてくれた。おじいちゃんも夜にカレー作ってあげたら嬉しそうにしてた。
 お母さんからひっきりなしに電話がかかってきてたけど、全部切ってやった。
 夜中になってもかかってきたものだから、おばあちゃんが代わりに出てくれた。
「三階で寝といで」
 おばあちゃんが優しく言ってくれた後。
 こっそり床に耳をつけてたら耳が壊れるかと思うくらいおっきな声で怒っててびっくりした。
 次の日。
 おばあちゃんが店番の仕方をちゃんと教えてくれた。
 おばあちゃんのお店は昔ながらの駄菓子屋さんを、ちょっぴり今風のコンビニみたいにした感じだ。
 菓子パンとかジュースとかも並んでるし、コンビニスイーツみたいな棚も、冷凍食品の棚とかもあって結構豪華だ。
 お客さんもチラホラではあるけど一日中やってくる。
 作業着のおじさんとお兄さん。林業ってやつらしい。
 近所のおばちゃん。甘いコーヒーが好きなんだって。
 近所のおじいちゃん。お米とか抱えて帰ってった。すごい。
 いろんなお客さんがやってきて、夕方になった頃。
 おばあちゃんがお店の片付けをしながら「大事なことだから、これだけは覚えてね」と言って話し出した。
「土曜日は、必ず18時まで両の扉を目一杯開けておくんだよ。ふかふかさまがお越しになるかもしれないからね」
「なんかめっちゃやわそうな名前だね」
「ふふ。すっごくふかふかだよ。おばあちゃんもね、むかぁしむかぁし一回だけ抱っこさせてもらったんだけどね、気持ち良かったねぇ」
「えーいいなぁ」
「ふかふかさまはおっきな神様だからね。戸棚はきちんと閉めておくんだよ」
「はぁ~い」
 で、今日。
 ついにふかふか様がやってきたって訳だった。
「おばあちゃん! おばあちゃん! ふかふか様きたよ! すんっっごいふかふかだった!」
「そうかいそうかい。よかったねぇ。ふかふかさまに失礼なことしちゃいけないよ。ふかふかさまは甘いものと、月明かりと、礼儀正しい子が好きだからね」
「はぁ~い! ねえねえ、ふかふかさまの本とかない?」
「あぁ、あるよあるよ。どこにしまったかねぇ」
 おばあちゃんが見せてくれた絵本には、ふかふかさまと出会った子供の話が書かれていた。
 ふかふかさまはこの土地の神様で、月明かりの綺麗な夜に駆け回っているらしい。
 なので、次の日の夜。
 月明かりを浴びながら近所の田んぼ道をぽてぽてお散歩していると。
「はじめまして、お嬢さん。とっても良い夜更けですわね」
 めちゃくちゃ……本当にめちゃくちゃおっきな人が居た。
 人っていうか、どう見たってふかふかさまだった。
 形は女の人。身長は、3mくらいあった。肌が夜空よりも真っ黒だった。私と同じような肌をしてる(もっこもこな体毛が生えてるとかじゃない)んだけど、すっごく真っ黒だった。それに、目が金色をしていた。髪の毛もすっごく長くて、ふわふわな真っ白い髪をしていた。くりくりしてるクセっ毛だけどツヤツヤしてて、月明かりにキラキラ光って綺麗。そしてなによりも顔が、めちゃくちゃ美人だった。通った鼻筋。長くて真っ白な睫毛。垂れ下がった長い長い前髪。真っ黒いドレスに、真っ白な日傘を差していた。夜なのに。
「どうかされまして?」
「あ……いやぁ……」
 「なんかヘンなとこある?」みたいな顔して小首を傾げられた。
 え、どこからどう見てもふかふかさまなんだけど、自分のこと人間だと思ってる? 人間に見えてるって思ってる?
 ふかふか様はいろんなものに変身できるって、絵本にも書いてあった。
 こうやって人間に扮して話しかけてくる~なんて書いてなかったけど。
「良い夜ですよね、へへ」
 一旦、触れないでおこう。
「はい、とっても」
 あ、なんか普通に会話出来たことが嬉しそう。触れなくて正解っぽい。
「お嬢さんの……お名前は?」
「あ、えとぉ……」
 知らない人に、夜中に、会っていきなり名前聞かれるとかホントだったら怪しすぎるんだけど……ふかふか様だし、いいよね。
「美里(みさと)って言います。七ヶ浜 美里(しちがはま みさと)」
「みさと……ふふ、ステキなお名前ですね」
「えへへ、ですよねぇ。私もお気にな名前なんです」
「おきに……?」
「あ、えと、お気に入り……大好きな、って意味!」
「あぁ、なるほど。んふふ、可愛らしいお言葉ですね。おきに、です」
 片手で日傘を持ちながら、もう片方の手を口元に当ててクスクス笑う姿は凄くお上品で、流石神様だなぁって感じがした。
「えと、お姉さんのお名前は……」
「わたくしは、えぇと……うぅんと……うぅん……そうですねぇ……」
 あ、しまった。
 ふかふか様はふかふか様なんだから名前とか無いのかもしれない。
 困らせちゃったかな。
「うぅん……ううーん……わたくしは……えぇとぉ……」
 まずい、本格的に困らせちゃってる。
「あ! トサミマハガチシとか、どうでしょう?」
「えーっと……じゃあ……トサミ様?」
「様だなんて、ふふ。そんな他人行儀にならず、もっと気軽に呼んでくださいな」
「えぇっ、じゃあ……トサミさん?」
「はい、美里」
 なんか、急にお近づきになってしまった。
「良ければ少し、お散歩致しませんか?」
「あ、はい! ぜひ!」
 そうして私たちは、真夜中の田んぼ道をてくてく歩き出した。
 ふかふか様は真っ黒な足で、真っ白いヒールみたいなのを履いていた。
 ふかふか様が歩く度、ヒールが土を掻く音がして。なんだかヒヅメで地面を蹴ってるみたいな音がする。
「私、こっちに来たの最近なんですよ」
「まぁ。そうだったのですね、通りでこの辺りでは見かけない人間だと思いました」
 おもいっきり人間って言ってる……。
「トサミさんは、やっぱり昔からここに?」
「えぇ。こう見えても、きっと美里のおばあちゃんより昔から居るんですよ」
 どう見たっておばあちゃんよりも昔から居る雰囲気あるけどね。
「美里は、どうしてこの村に?」
「あー、お母さんとケンカしたんだよね。それで、家出してきたんだ」
「まあ。どうしてケンカを?」
「トサミさんは、学校って知ってる?」
「えぇ、もちろん。寺子屋のことですね」
「ふふっ。そうそう。そこに通ってたんだけどさぁ~、私の……あー……組はね、40人くらい居るの」
「まあ。とっても大きなところですのね」
「そうなんだよ~。そんな大人数がさ、せまーい教室に詰め込まれて毎日毎日一緒にすごしてんの。だからイジメとか起こるわけよ」
「それでは……美里がいじめられていた、ということですの……?」
「ううん、ぜーんぜん。むしろ加害者側?」
「い、いじめていたのですか!? いけませんよそんなこと! いけませんったらいけません!」
「ひひ、違う違う。ウチのクラス……あー、組は! いじめとかなかったんだけどさ、まー被害妄想ひどい子が……東雲(しののめ)さんっていうんだけどね? その子が居て。みんな結構遠巻きに関わってた感じだったんだけど、私は気にせず話してたらなんか標的にされちゃったみたいで。『七ヶ浜さんにいじめられたんです~』って先生に泣きつかれちゃったんだよね」
「まあ……では、濡れ衣を着せられたということですの……?」
「うん、そんな感じ」
「それが辛くて……家出を……?」
「ううん。むしろ加害者扱いされたのは別にどうってことなかったんだぁ。あーこういう目に遭うんだ~じゃあ気をつけないとな~って思ったくらいだったんだけど……ウチ、お父さん居なくって」
「それは……お気の毒に……」
「ふふ。全然なんだけどね。お母さんはそうじゃないみたいで……私、ちっちゃい頃から男子とケンカとかよくしてたからさ~。今回の話も学校から呼び出された時に、お母さん、すぐに私のせいだと思って謝ったんだよね。私の頭グイーッて掴んでさ。私のせいじゃないかも、なんて一瞬も考えてくれなかった。むしろ、私のせいか、そうじゃないのかすらどうでもよさそうでさ。私に時間取られるのが面倒みたいな雰囲気だった」
「そんな……それは、とても寂しかったですね……」
 ふかふか様は、立ち止まると日傘を私の手に握らせた。
「……???」
 なんだろう、と思って困惑していると。
 ぎゅ、と。
 ふわふわなドレス姿で抱きしめられた。
「えっ、えぇっ……」
 妙にひんやりと冷たくて、気持ちがイイふかふかさまの体温。
 そのまま、大きな手でゆっくりと頭の上から頭の後ろの方に向かってなでりなでりと撫でられた。
「いいこ、いいこ……よく、勇気を出してここまでやってきましたね」
「えぇっ……逃げてきただけだよぅ」
「いいえ。自分の気持ちに正直に、勇気を出して言葉と行動に移すことはとってもえらいことですよ」
「えへへ……そうかなぁ」
「えぇ。悪い人間は、わたくしが始末してしまいましょうね」
「えぇっ!? だめだめ! 始末するのはだめ!」
「だめなのですか……?」
「だめだよ! そりゃあお母さんのことだって嫌いなところが増えたし、おばあちゃんちにずっと居る気持ちだけどさ。それでお母さんに消えて欲しい~なんて思ったわけじゃないし、私がお母さんの嫌いなところを受け止める為に時間が必要なだけだから。どんな理由があったって始末はだめ! そういうことは、お国のえらーい人がきちんと決まり事にのっとってやってくれますので!」
「しかし……人の子は、よく人の子の理のせいで苦しみますから……」
「いーーーのっ! 苦しい思いをするのも、嫌いなところを受け止める苦しみも、全部私の生きてる権利なので! そういうのも含めて、私の人生なので!」
「むぅ……美里は人の子にしておくには勿体ないくらい賢い子ですのね……」
「えへへ、嬉しくなっちゃうなぁ」
「それでは、どうしても辛くなった時にはこの角笛を吹いてくだされば、すぐにでも飛んでいって何者であろうと消し飛ばして差し上げますので――」
「いーーーえ! そういうのも貰っちゃうと、ツラい思いをした時につい使っちゃうので、遠慮しておきます!」
「そんな殺生な……!」
 ふかふかさまは、私を抱っこしたままくるくると回りだすと困った声を出した。
「それでは……わたくしは、美里に一体何をしてあげたら……」
「うーん……あ、そうだ! それじゃあ、一回だけ抱き着いてもいいですか?」
「……? えぇ、それはもちろん――」
「ふかふかさまの、元の姿に!」
「――えっ……えぇっ!? 気づいていたのですかーっ!?」
 驚くふかふかさまを後目に。
 気恥ずかしそうに元の姿に戻ったふかふかさまに、抱き着かせてもらった。
 全身をズムッ、とうずめる感触。
「ごくらく~~~………………」
 それはそれはふかふかで、とっても気持ちがよいのでした。
「うぅぅ……どうして……わたくしの変身は誰にも破られたことがありませんのに……」
「……それ、たぶんみんな気を遣って言わないようにしていたんだと思いますよ」
「なんですって!?」
「えへ、言っちゃった」
「むむ……むむむむむ……! 美里、わたくしの背に乗って捕まっていてください」
「へ?」
「いますぐ美里のおうちへ行きますよ!」
 そうして、なんだかとっても怒った様子のふかふかさまに連れられて大急ぎで帰った後。
 なにやらおばあちゃんとおじいちゃんへぷりぷり怒りをぶつけるふかふかさま。
 ぺこぺこと頭を下げるおじいちゃん。
 にこにこと嬉しそうなおばあちゃん。
「ふかふかだった?」
 そうこっそり耳打ちしてくるおばあちゃんへ、私は答えた。
「ふかふかさまだった……!」

~おしまい~


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