お休み
11月。僕は微妙に発熱した。
『H2』の国見比呂の父親の言葉。
僕はバイト先のカラオケに向かった。
となると、この体調不良をいかにして他のバイト仲間に気付いてもらえるかが今回のポイントになってくる。
単に自分から直接体調不良を訴えるのでは弱いし説得力に欠ける。
やはり、体調が悪いのを周りに隠しながら必死に無理をしている主人公感が欲しい。比呂みたいな。
例えば退客後のルーム清掃に向かう。いつもなら迅速かつ丁寧に清掃を終わらすはずの僕がなかなか戻ってこない。
気になって見に行くと、部屋でぐったりしている僕。
「坂﨑さん…!?」
駆け寄るバイト仲間
「…ルーム8番…清掃…終わりました…(バタン)」
「坂﨑さん!?坂﨑さん!?すごい熱だ…!仕事は俺に任せて、坂﨑さんはここで休んでいてください!」
よし。これにしよう。これで僕は休みながら時給を発生させつつ、身を犠牲にして働いたと社員の間で評判となり、バイト内で何かしらの地位が向上するに違いない。
脳内シミュレーションは完璧。あとは自然な演技を心がけるのだ。
小学生の頃、嫌いな給食の日や歌のテストがある日は仮病を使おうと試みたが、当時は子供が故に休みたい気持ちが欲望として強く出過ぎてしまい、すぐに見破られてしまった。
しかし、今日は本当に熱がある。自分の体調不良に自信を持って自然体の演技を貫くのだ!
いざ入店。
バイト仲間)
「お疲れ様でーす!…あれ?坂﨑さんなんか今日顔色いいっすね!!」
しまった…!
デフォルトの顔色が悪過ぎるせいで、発熱で赤くほてった顔をちょうど顔色良いと判断されてしまった…!
予想外の第一声に動揺した僕は、
「…え、あ、そうですか?そ、それは良かったです…笑」
主人公路線は絶たれた。
仕方ない。少々カッコ悪いが、こちらから体調不良を大袈裟目にアピールしていくしかない。
僕)「今日なんか、ちょっと…(咳)、体調が良くなくて…(咳)」
バイト仲間)
「あー、俺も昨日ゼミの飲み会で飲み過ぎて超頭痛いんすよねー」
しまった…!張り合うタイプだ…!
バイト仲間)
「全然寝てないし、おまけ明日までにレポート提出して、ゼミのプレゼンの資料のパワポ作らなきゃいけないんで今日も徹夜確定なんすよねー」
超えてくるタイプだ…!意識高い系を嘲笑しがちな大学生文化の反動によって形成された、大学生特有の過度な意識低いアピールに、僕の体調不良の件はかき消された。
バイト仲間)
「あ、大学ってゼミっていうのがあってー…」
ゼミの説明まで始めた…!僕も大学を卒業しているが、一応ちゃんと体調が悪いので訂正する気にもなれず、出来るだけ高卒感を醸し出しながら聞いた。
こうなれば最終手段だ。シンプルに店長に事情を話して早めに上がらせてもらおう。最初からこうすれば良かったのだ。
すると、いかにも具合が悪そうな店長が前から歩いてきた。
マズい…!
店長)
「私今日14時間働いてるんすよ…」
先手を取られた…
店長)
「今月休み3日しかなくて…」
僕より5歳年下の女性が労働基準法を無視して働かされている。
何も言えなくなってしまった。もう腹を括って体力を温存しながら適度に働こう。沈黙の勤務。これじゃただの正真正銘の体調が悪いのを周囲に隠して無理して働いてる奴じゃないか…。
店長)
「坂﨑さんはうどん派ですか?そば派ですか?」
おそらく普段にも増して喋らない僕との勤務に気まずさを感じてか、興味もないであろう話題を振ってくれている。申し訳ない。
そうして午前3時ごろ。フラフラの店長とゼミの課題を抱えたバイト仲間は、体調不良を抱える僕を一人店頭に残して退勤していった。
7月にコロナ感染した時、発熱は14年ぶりだった。それなのに11月、12月だけで4度の発熱。なんなら14年前の発熱も、当時流行した新型インフルエンザによるものだったので、シンプルな体調不良となるともう記憶にないくらいの健康体のはずなのに。
さすがに病院へ。コロナの後遺症、夜勤の勤続疲労、生活習慣の乱れによる免疫力の低下、慢性的な脱水症状。いろいろな可能性を示唆されたが要するに安静にするようにと。
というわけでほんの少しの間、活動をお休みすることにしました。
大したことないと思いますがなかなか全快しないので、思い切って、大事を取ってということです。自分に優しいので。
既にいくつかのライブを当日にキャンセルしてしまい、迷惑をかけてしまったのでこうして事前に言っておこうということです。ライブを休むのは嫌ですけど、この体調不良が長引くのも嫌なので…。
とりあえずR-1が終わるまでは多少無理してでも頑張ろうという気でいましたが、意図せずR-1はあっという間に終わってしまいました。まぁちょうどいいやと簡単に開き直れることでもないんですが、少しはそう思っています。
なるべく早く治して、去年中止にしてしまった単独ライブもやらなきゃいけませんしね…
12月31日。出勤すると店長が厨房で年越しそばを作って待っていてくれた。
店長)
「坂﨑さんこの前そば派だって言ってたので…。」
「(あの質問、意味あったんだ…。)」
鼻が完全に詰まっていて味はわからなかった。
美味しかったに決まっているけど。
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