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さかざき)
「僕すごいお寿司が好きなんですけど、一番好きなのがハマチなんですよね!」



8月の『ダンゴ虫たち定例会〜漫才スペシャル〜』で、センターマイクの前でそう喋り出した途端、はるか昔の遠い記憶が蘇った…。



幼い僕は、漫才における『ツッコミ』の存在が不思議で仕方がなかった。
自らお笑い芸人(漫才師)という職業を名乗り、お客さんに向けてライブやテレビに"面白い人"という名目で出演しておきながら、正しいことを言う人。挙句、せっかく『ボケ』が職務を全うして面白いことを言ってくれているにも関わらず、「なんでやねん!」、「邪魔すんな!」、「どっかいけ!」と一蹴する始末。
もし本当に『ボケ』が『ツッコミ』の邪魔をせずどっかにいってしまったら、この人は一人でどうするのだろうか。面白いことを見にきたお客さんの前で正しいことを言い続けて帰るのだろうか。



幼い僕は考えた。そもそも漫才という文化自体を理解する必要があると。



コントはわかる。面白い場面を切り取ってそれを演じ伝える。落語もわかる。昔こんな面白いことがあったっていうのを登場人物を演じ分けながら伝える。


そして漫才。決められた面白い会話を2人で演じる。しかもその会話は今まさにここで即興で行われており、演技ではないかのように演じる。


演技を演技ではないかのように演じる?二重に演技している。あらかじめ知っている会話を、さも即興で喋っているかのように見せているという事実を、客席の全員がわかっているうえで楽しむ演芸。
幼い僕は気になった。こんなにも複雑な形態が、いつから大衆に受け入れてられるようになったのか?



お小遣いを、漫才の歴史の研究に充てた。エンタツアチャコからいとしこいし、ダイマルラケット、Wヤング、やすきよ、カウスボタン、B&B、ツービート、紳竜、ダウンタウン…今手に入る限りの音源、映像を買い漁る。



結論から言うと、『漫才』という表記が生まれたエンタツアチャコの時代から、既に演技が二重に乗っかっているこのスタイルで受け入れられていたようだ…。



「(あれ…?漫才のこんな序盤でつまずいているの、ひょっとして歴史上で僕だけなのか…?お年玉、全部上方漫才大全に使っちゃったぞ…。どうしよう…。にしても漫才って面白いな…。時代と共にどんどん面白くなっていくなあ…。)」



そうこうしているうちに、いつしか抱いた疑問はどうでもよくなり、目的も忘れて漫才に夢中になり、気付けば立派なお笑いオタクになった。さらにそれだけでは飽き足らず自ら芸人を志していたというわけ…。



さらにそんなことも全て忘れて、漫才と向き合うことなく、1人コントを主戦場として4年間過ごしたというわけ…。



そんな僕に訪れた漫才の『ツッコミ』をする機会。『ダンゴ虫たち定例会〜漫才スペシャル〜』



さか)
「僕すごいお寿司が好きなんですけど、一番好きなのがハマチなんですよね!」



「(あれ…?今僕はお笑い芸人を名乗り、お客さんに笑ってもらう目的でライブを開催して、お客さんからチケット代の1000円をもっておきながら、面白いことの一つも言わず、お客さんの前で一番好きな寿司の話をしているぞ…?一体どういうつもりなんだ?しかもせっかく面白いことを言ってくれている両脇のメガネを制して普通の話に戻そうと必死になっているぞ?ヤバいやつなんじゃないか…?)」



そう思っていたら「フッコ」という重要なセリフを忘れてネタが台無しになってしまった。



忘れていた幼い頃のモヤモヤ。『ツッコミ』。『演技してない演技』。漫才ともう一度向き合う時がやってきたのか…。



そのモヤモヤはM-1の2回戦前日まで続いた。2回戦の前日、これまでお客さんに向けて語りかけるようなネタの出だしのセリフを、あくまで3人だけでコソコソと話しているようなスタイルに変えた。そして、『ツッコミ』というよりは、普段の僕のコントと同様に、『慌てる』ことだけを意識するようにした。



さかざき)
「好きなお寿司ベスト3を、発表し合いましょう!笑」



客前に出ておいてこれはこれで無礼な気もするが、3人で喋っているというコントの体をとることで、急に3人の歯車が噛み合い出し、僕の抱えていた違和感がなくなった。
たったこれだけのことで…。漫才って奥が深い。



この変更がなければ間違いなく2回戦で敗退していただろう。



でもまあこれも、漫才の導入をコントの演技にすり替えただけの応急処置に過ぎず、僕はまだ漫才を理解しきれずにいる。
『ツッコミ』の役割も『演技してない演技』も、本質を捉えきれない。



この5年間でたくさんの漫才を見た。人知れず漫才の研究をしていたあの時の何倍もデータがある。あの頃よりも多種多様なスタイルが生まれ、単なるボケやツッコミで一括りにできないそれぞれの役割も増えている。



今からもう一度漫才を本気で研究すれば、何か新しい発見があるだろうか?その発見は僕らの漫才に良いように作用するだろうか?もっと面白くなれるだろうか?



僕は来年もM-1に出るのだろうか?



今から漫才研究の第二章を始めるのも悪くないだろうか?

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