僕はファイナリストの楽屋に山積みになっているロケ弁を食べていいのか
本当に連れてってくれるんかい。
音響のプロに頼む手段もあったろうに、僕が上記のような発言をしたからか、ゼンモンキーは本当に僕をTBSまで連れて行ってくれた。
【準決勝2日目】
客席の最上段で台本を目で追いながら音響を再生するキッカケを待つ。
ウケている。
とてもウケている。
昨日もとてもウケたらしい。
決勝に行くかもしれない。
そう思った途端に緊張で震え出した右手を左手で押さえながら、タイミングを見計らって再生ボタンを押した。
【決勝前日リハ】
当日実際に音響ボタンを操作することになる、スタジオの一番後ろの特設の櫓みたいな場所からゼンモンキーを見下ろした。
たくさんの大人がゼンモンキーのために動いている。
特等席でゼンモンキーの優勝を見れるかもしれないと思うと心が躍る。
そういえばゼンモンキー(当時ウルトラモダンオールドクラブ)の養成所での初めてのライブの前日もこの4人で一緒にいたような。
当時僕は成績が一番上のAライブ、結成直後のウルトラモダンオールドクラブは一番下のCライブだった。
あれからちょうど4年。
随分と差をつけてくれたじゃないか…。
リハを終え、僕はそのままライブに出演するため「新宿バッシュ!!」に向かった。
お客さんは4人だった。
【決勝当日】
17時45分にTBSに到着。僕の待機場所はファイナリスト5組と同じ大部屋の楽屋。
ファイナリストの方々は別室でネタ合わせをしていたり、密着カメラのインタビューを受けていたりで、楽屋にいるのは主にTBSの関係者とおそらく各事務所の偉い人。
明らかに場違いな環境を前に、楽屋に入ることすら憚られ、TBSの廊下や階段をウロウロした。
受付でもらった『キングオブコント関係者』のステッカーが心強い。胸を張って、公式にウロウロさせてもらった。
しばらくすると、ファイヤーサンダーの﨑山さんが楽屋に入っていくのを見つけ、ここぞとばかりに後に続いた。
楽屋に入ると、「お弁当でも食べながら気楽に待ってて!」とゼンモンキーのマネージャーは言ってくれたが、これから本番を控えるファイナリストたちの目の前で、僕みたいなもんが弁当なんて食べれるわけがないじゃないか。
密着のカメラがある中で、ファイナリストでもない僕が呑気に弁当を食べている姿が見切れでもしたら緊張感のかけらも無い。
しかもまだ僕には、音響を失敗する可能性が大いに残されている。
万が一、僕が弁当を食べている映像が記録された上で音響を大失敗したら、「コイツは本番で音響を大失敗したくせに、直前に一丁前に楽屋の弁当を食べていた。」なんて悪評が出回るかもしれない。
僕は出来るだけ楽屋の隅のパイプ椅子に座り、本番を待った。
本番直前。18時30分
荻野くんは持参したメガレインボーマジックスプリングで遊んでいた。
19時。本番が始まった。
弁当が食べたくなってきた。
しかし、本番が始まってファイナリストの緊張感がより増したこのタイミングで、何のファイナリストでもない僕が弁当を食べ出すのは流石に意味わからないと思い、さっきのタイミングで食べておかなかったことを悔いた。
楽屋を見回すふりをして部屋の後ろに積んである弁当を確認する。
津多屋と書いてある。聞いたことある。いいお弁当だ。まだ山積みだ。
とりあえず目の前のゼンモンキーとファイヤーサンダーさんの集中力を切らさぬよう、2組の出番が終わるまでは我慢しよう。その後で食べよう。
いや待てよ。僕は音響の仕事をしにきたんじゃないか。8番手のファイヤーサンダーさんが終わった時点で6番手のゼンモンキーが3位以内に入っていればすぐに2本目がくる。呑気に弁当を食べている場合ではないじゃないか。
じゃあゼンモンキーが3位に入らなかったら食べることにするか…。
いやいや、仮にゼンモンキーが3位に入らなかったとしたら僕はただTBSまで弁当を食べにきただけのやつになるじゃないか。
(そもそもこの時点で僕はゼンモンキーが最終決戦に残ると信じて疑わなかったが。)
帰りまで我慢だ。全てが終わって僕が帰る時にも余っていたら持って帰ろう。
それまではなるべくこの楽屋内で関係者に溶け込み、帰りによりスムーズに違和感なく弁当を手に取れるよう最善を尽くそう。
隣にいるゼンモンキーとファイヤーサンダーさんがこれから人生を変える大舞台に立とうとしているっていうのに、僕はずっと弁当のことを考えているなんてなんて情けないのだろう…。
ゼンモンキーの出番が終わり、ファイヤーサンダーさんの出番が終わり、僕は一人残された楽屋の大型テレビで、サルゴリラさんが人生を変える瞬間を見ていた。
放送が終わり、みんなが楽屋に帰ってきて、ファイナリストにはこの後U-NEXTで放送される大反省会の案内が告げられ、慌ただしく準備していた。
帰るタイミングを完璧に失い、それをただ見ているだけの僕。
ゼンモンキーに、「また来年。」と気安く声を掛けてしまったが、予選から勝ち抜いてきた戦歴がリセットされて、来年また0から戦わなければいけない状況に、ついさっきなったことを考えると、まずは「お疲れ様。」にしておくべきだったなと思った。
これが優勝するまで続くのか。
結局弁当は持って帰らなかった。
楽屋を出る時、あだち充の『H2』20巻に出てくる豪南実業の栗丸弟のセリフが頭によぎった。
R-1でフジテレビまで行って、堂々と弁当を食べよう。そう思いながら一人帰路に着いた。