ミュージカル「ピアフ」情熱と情熱の間に
12/1(土)は、ピアフの東京千秋楽でした。
今年のピアフを、私は3回観劇。
毎回、観るたびに鮮やかな感動と、魂を掴んで床に叩きつけられるような衝撃がある。
よく、同じ作品を何度も観に行ってると、こう聞かれます。
「毎回同じなのにどうして何回も行くの?」
と。
確かに舞台作品は高い。
ピアフは全席指定で11500円。
高いですね。
しかもそれを何度も。
舞台には、舞台の魅力に取り憑かれた人しかいない
そうなんです。
ステージも客席もスタッフも同じです。
参加の形が違うだけで、みんな取り憑かれてるんですよ。
好きなんですよね。やめられないんです。
では何がそんなに魅力なのか。
おそらく私はこう思います。
皆、共犯者になりたいのではないかと。
舞台というのは、生々しいです。
それはもう、ちょっと気持ち悪いぐらい、生々しいんです。
その気持ち悪さが、心の奥底にある、得体の知れない感情のドアを開くんですね。
その日劇場にいる人は、キャストも客席も、みんなその感情を共有する。
共犯です。
劇場という箱の中で、その日その時間、そこにいた全員が、同じようにドアを開き、その向こう側にあるものを目撃してしまう。
舞台では、全員が共犯者なのだと思います。
劇場のどこにいるかは関係ない。
ステージでも客席でも袖でも。
ピアフには、情熱と情熱の間にある痛みがある
「ごみ溜めで生まれたからと言って、一生そこにいないといけない訳じゃない」
「あんたが本当のことを歌えば、客はみんなあんたを信じるよ」
劇中で私が気に入ったセリフはこの2つ。
ピアフは、情熱的な作品です。
ひとりの娼婦がのし上がり、歌で成功し、薬におぼれ、多くの恋をして没する。
貧しさ、若さ、純粋な喜び、愛、笑い、悲しみ、寂しさ、愛、弱さ、虚構、見栄、愛。
情熱と情熱の間に、生々しい痛みがある。
弱きものの持つ痛みです。
私も弱い。あなたも弱い部分があるでしょう。
普段はそれを隠して生きている。
でも、心の奥底に必ずそれはあるはず。
「あたしが歌う時は、あたしを出すんだ。全部丸ごと!」
私も、その痛みさえも、肯定し、出したい。
弱さを否定しないし、弱いものを絶対に見捨てない生き方をしたい。
私が、仕事や表現に向かう時も、常に、そうでありたいと思っています。