金木犀は病院の匂い
小さい頃、大病院に兄弟が入院し続けていた。
たまの退院時以外そいつとは会えず、親が病室にいる間は決まって病棟すぐ下の公園で祖母もしくは父親と遊んでいた。
その公園は秋の中ごろになると毎年ふんわり甘い、果物のような匂いが強く香る。
いつの年だったか、なんの匂いやろ? と母親に質問したら金木犀だと。
もしかすると病室にいる子も窓を開けると秋がわかったのだろうか。
そんなわけで、毎年この時期に流行る金木犀コスメを含め、あの香りを嗅ぐと、砂混じりの落ち葉をガサガサ蹴りながら父親に鬼ごっこを仕掛けていた、兄弟の退院を待っていた半ズボンチビの時分を思い出す。
お菓子を食べていたとき「食べたくても食べられない子もいるから、ここでは食べちゃダメだよ」って同い年くらいの子に教えてもらったこととか。
「順番ずっこだから」と半泣きでブランコを代わったけど、相手の子からは代わってもらえなかったこととか。
何もわかってなかった。
押しも押されもせぬ名作、時をかける少女がちょうどそんな描写をしていたけれども、匂いというのは記憶と強く結びつくものなのだろう。
今調べたところこれにはすでにプルースト効果なる名前がついているらしい。
兄弟は現在そこそこ元気にしていて、軽めのスポーツをやるまでになっている。実家に帰ると友達らとのボイスチャットがやかましい。
少し前に祖母と会った。シングルCDくらいの尺で同じ話を繰り返し、大きくなったねえとしきりに笑っていた。
私はあんま変わってないかも。
自信と万能感がなくなったくらいか。
そんな感じ。