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【ミステリーレビュー】誰か Somebody/宮部みゆき(2003)

誰か Somebody/宮部みゆき

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「名もなき毒」で知られる杉村三郎シリーズの1作目。

美空ひばりの「車屋さん」がベースとなった作品。
今多コンツェルンの会長・今多嘉親の個人運転手であった梶田信夫が、自転車の轢き逃げにあい、死亡した。
嘉親の娘・菜穂子と結婚したことで社内誌の編集者兼記者となった杉村三郎は、梶田の娘、聡美と梨子からの依頼で、梶田の伝記出版に向けてサポートすることになり、その死に秘められた事実に迫っていく。

とにかく、描写が丁寧。
冒頭については、装飾文が多すぎて状況を飲み込むのに時間がかかり、なんだか間延びするなと思っていたのだが、キャラクターが動き出してからは、その丁寧さこそ、ヒューマンドラマとしての魅力を引き出す要素なのだと気付くことになる。
脇役にも十分すぎる個性やリアリティが与えられており、その会話や思考が、既に作品の面白さになっているのである。
その気になれば、もっとコンパクトにすることも可能なのかもしれないけれど、振り返って、あの場面が無駄だった、というのが出てこないのが本作。
これだけキャラクターが活きていれば、シリーズものとしてファンを獲得しているのも納得だ。

運転手になる前の経歴がほぼ謎に包まれている梶田信夫。
自転車での轢き逃げと、計画殺人とは到底思えない状況ではあるが、心配性の聡美は、幼少期に誘拐にあった記憶から事件性を感じており、妹に父親の過去を探るのはやめてほしいと思っている。
一方で、年の離れた妹の梨子は、生活が安定してからの梶田しか知らないため、とにかく轢き逃げの犯人捜しに躍起になっている。
この噛み合わない姉妹とのやり取りや、杉村の取材から、真実が少しずつ見えてくるという展開は、サスペンスものの二時間ドラマにありそうな王道路線と言えよう。
名探偵の名推理などはなく、記者が自らの足を使って情報を勝ち取っていくスタイルなので、ミステリーとしてのオチは弱い気もするが、人間ドラマ、人生ドラマとしての評価が高いのも頷ける作品であった。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


梶田の事故死の真相は、物語の中盤で、いたって平凡に解決していく。
しかし、聡美の誘拐事件の真相はわからないままだし、梨子には脅迫電話がかかってくるしで、そう簡単には物語は終わりにならない。
途中で調査の目的が変わっていくまでの展開が実に自然で、明らかになる梨子の秘密が当初の目的地からは乖離するものでも、事実上のオチとなることについて、違和感はない。
この辺りの筆の上手さは、さすが宮部みゆきである。

ひとつ言うのであれば、その秘密がわかりやすすぎたのでは、ということ。
杉村が秘密に気付いたきっかけとなる、着メロが鳴って、電話に出る、という行動が、あまりに印象的に書かれすぎていて、容易に気付くことができた。
そもそも、気付かれる状況にしていたのがリアリティを欠く気もして、ここについてだけは、もったいないという気持ちかな。

基本的に善人ばかり出てくるのが、本作をのんびり読めるポイントなのだと思うが、最後に一滴たらした悪意が効いていて、地味ではあるが面白い作品。
聡美には、どうか幸せになってほしい。

#読書感想文

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