【ミステリーレビュー】ブルーローズは眠らない/市川憂人(2017)
ブルーローズは眠らない/市川憂人
市川憂人による、マリア&漣シリーズの第二弾。
現代とは異なった科学技術が発展した1980年代のU国を舞台にしており、前作では小型飛行船"ジェリーフィッシュ"が誕生していたが、本作では遺伝子工学が大幅に進歩しており、研究によって"青い薔薇"の作出に成功している。
舞台設定は特殊だが、シリーズ二作目ということで説明が省かれている部分が多く、単体で十分に楽しめる内容ではあるが、事前知識はある程度持っていた方がいいのかもしれない。
不可能と言われた青いバラを同時期に作出した、テニエル博士とクリーヴランド牧師。
成り行き上、マリア&漣がそれぞれと面談した直後、旋錠された温室内で切断されたテニエル博士の首が発見される。
室内には、学生がひとり。
ただし、後ろ手に縛られ眠らされており、彼女の犯行もまた不可能であった。
前作の構成を踏襲して、マリア&漣による捜査パートと、両親の虐待から逃げ出して、テニエル博士の一家に保護された少年エリックの視点で語られる事件パートが並走するように語られ、終盤に交錯していくスタイル。
クローズドサークルに続いて、密室殺人と、お洒落な作風で王道を描く、マリア&漣シリーズらしいアップデートされた本格ミステリーといったところである。
良かった点は、マリア&漣がちゃんと活躍していること。
「ジェリーフィッシュは凍らない」では、事件がすべて終わってから舞台に登場したタイミングもあって、事件への関与が薄い印象もあったが、本作ではリアルタイムで発生している事件の中で刑事として立ち回っている。
ズボラなマリアが、なんだかんだで切れ者の上司であることが、いざというときの判断や指示によって健在化しており、読みたかったものが読めたという充足感は大きかった。
一方で、推理に至るプロセスは、大胆に省かれていたかな。
じっくり物語の世界観を演出していたにも関わらず、終盤が駆け足気味。
なかなかに複雑な事件だったこともあり、もっと丁寧に語っても良かったのではないかと。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
先述のとおり、ふたつの視点から構成されるのだが、前作の記憶もまだ残っているわけで、どういうひっかけを持ってきているかを探りながら読むことになる。
それは著者も理解しているのか、マリア&漣の視点と、エリックの視点では、そもそも見ている事件が違うということが中盤のポイントで種明かしされていた。
何故、過去と似た事件が起こっているのか、その事件はどうなってしまったのか、という新たな謎が投入されるのがタイミングとしては絶妙で、その一節の前後で小説の見え方が変わってくるから面白い。
そして、巧妙なのは、時系列が異なるという叙述トリックを加えたことによって、本作における一番のポイント・テニエル博士の正体が見えにくくなっている点だ。
テーマが遺伝子工学だけに、過去の事件と現在の事件、テニエル博士が"二度殺される"ことについては、クローン説をなんとなく選択しようとしてしまう。
"怪物"の存在を、"アイリスを生み出す前に作られた失敗作"とミスリードさせている節もあり、アンフェアだろ、と思いながらも、その選択肢を捨てきれない時点で、著者の勝ちなのである。
最後が駆け足になったことにより、ツッコミどころはいくつか残ってしまったけれど、復讐相手に対して、社会的に殺すことを成し遂げたうえで、物理的にも殺すという目的を果たしてしまったのは、物凄い執念。
ここで物理的な死を食い止めていれば、マリア&漣の株も、更に上がっていただろうに、ある種、良いように使われてしまった感も否めない。
事件が解明するスッキリ感よりも、真相に横たわる切ないストーリーこそ肝といえる作品であった。