【ミステリーレビュー】月は幽咽のデバイス/森博嗣(2000)
月は幽咽のデバイス/森博嗣
瀬在丸紅子と阿漕荘の住人たちを中心に展開されるVシリーズの第三弾。
あらすじ
薔薇屋敷あるいは月夜邸と呼ばれるその屋敷には、オオカミ男が出るという奇妙な噂があった。
とある理由でその屋敷に入り込んだ保呂草潤平だったが、屋敷で開催されたパーティーには、屋敷の住人、篠塚莉英の知人として瀬在丸紅子の姿もあった。
パーティの終盤、麻雀の面子を揃えるため、阿漕荘の住人を呼び出す保呂草たちだったが、それと同時に、鍵のかかったオーディオルームで衣服が引き裂かれ、血が一面に飛散した凄惨な死体が発見される。
概要/感想(ネタバレなし)
前作に登場した森川素直が、正式に阿漕荘のメンバーとして加入。
強烈なキャラクターを持っているわけではなかったので、レギュラー化と思われる展開は、意外だったと言えば意外だ。
ただし、純朴すぎて、かえって裏の顔を疑いたくなる要素はあり、彼を置いておくだけで、伏線になっていそうな雰囲気は出る。
本作においても特に目立った活躍をするわけではないので、彼が存在する意味というのが、今後明らかになるのかもしれない。
さて、またも事件に巻き込まれる阿漕荘の面々。
序盤で展開される紅子と保呂草の会話によって、ミステリーのご都合主義的な状況に哲学的な見地で納得感を与えてしまうところに、森博嗣の凄みを感じるのである。
これまではキャラクター性を強調していた感はあるが、本作においては、紅子の哲学を深掘りするような記述も多く見られ、"天才"の領域で会話する紅子と保呂草、物語を掻き回すために描かれる練無、紫子、素直の3人のやりとりに、コントラストが生まれてきたように見えた。
特に保呂草は、ある種"信頼できない語り部"となる傾向があり、暗躍気質があるということを念頭に置かなければいけないため、構造が少し複雑になってきたかなという感想である。
そんな中、本作のテーマとなるのは、"オオカミ男"の噂と、密室殺人。
読み込めていないだけかもしれないが、率直なところ、オオカミ男の噂がぼやっとしすぎていて、本当にオオカミ男がやったのかもしれない、というサスペンス感が弱いか。
もう少しオオカミ男に関連しそうな情報が現場から見つかってくれたら良かったのに。
総評(ネタバレ注意)
これは賛否両論あるだろうな。
はっきり言って、アンチミステリー的。
しかし、S&Mシリーズから10作以上、短期間に長編ミステリーを連発していて、その中に実験的な要素も多かった著者。
1作ぐらい、こういう実験があってもいいよね、という気にさせてしまうからズルいのである。
ノンシリーズものだったら、おそらくもっと否に傾いたはずだ。
ただし、完全にミステリーであることを放棄しているわけではなく、かなりの大仕掛けを用意。
"犯人当て"の観点ではアンチミステリーかもしれないが、トリックスターとしての資質は十分だろう。
もっとも、そうなるように誘導した悪意の介在まで用意するのが昨今では当たり前になっていて、その点では、現代では物足りないと捉えられそう。
20年以上前の作品というのを感じさせない価値観を持った作風だからこそ、その辺が気になるというのはあるかもしれない。
それはそれとして、このオチを持ってくるタイミングは、とにかくエグい。
S&Mシリーズだったら、7作目ぐらいにやるネタでしょ。
新シリーズに入って、常に騙され続けている感覚。
レトロな王道モノと見せかける典型的な設定で、オチに行き着くまでのプロットがまったくオーソドックスではないのだもの。
すべて森博嗣の手のひらの上だな、と痛感させられる作品だった。