【ミステリーレビュー】魔眼の匣の殺人/今村昌弘(2019)
魔眼の匣の殺人/今村昌弘
「屍人荘の殺人」の続編となる、今村昌弘の長編ミステリー。
あらすじ
剣崎比留子が入会し、新体制となった神紅大学ミステリ愛好会。
班目機関の情報を追う葉村と剣崎は、機関の元研究施設“魔眼の匣"を訪れることに。
しかし、施設のある村には立入禁止の看板が立てられ、他の住人がまったく見当たらない。
その理由は、“魔眼の匣"の主である老女・サキミの「あと二日のうちに、この地で四人死ぬ」という予言を恐れてのものだった。
そんな中、様々な事情で施設に訪れた9人と、サキミ、世話役の神服を残して、施設に繋がる唯一の橋が焼き落とされ、予言の通りに死亡者が出る。
概要/感想(ネタバレなし)
本作単体で読んでも問題ない作品であるが、ミステリ愛好会に起こったことや、班目機関との確執については、前作を読んでおかないと理解できない部分もあり、まずは「屍人荘の殺人」に触れることを推奨する。
犯人に繋がるネタバレはないものの、あの衝撃は、結末を知らずに読むからこそだと思われるので。
このシリーズの肝は、班目機関の研究によってもたらされる特殊設定。
本作におけるテーマは、予知能力。
男女2人ずつが死ぬ、という結論が示されたうえで実際に死者が出るのだが、明らかに人為的ではない事故も含まれるから面白い。
何もせずとも誰かが死ぬ、という前提においては、自分が死なないために誰かを殺す、という動機が成立しうるからだ。
加えて、身近に起こる不吉な事象を絵に書くことで予知する女子高生・十色の存在が、更に情報量を増やしており、どこをとっかかりにして犯人を導けばいいのか、空をつかむような気持ちであった。
もっとも、本作の真の見どころは、これだけ複合的な要素がある中で、ひとつの真相を引っ張り上げるロジックの糸。
ミステリーとしての魅力が圧倒的に高まっていて、ノウハウやセオリーがない中から生み出される論理的な推理は、王道であり新鮮でもあり。
解決編では、ミステリー初心者だった頃のワクワク感が蘇ってきた。
ただし、インパクトが弱まったという意見にも頷けはする。
パニックホラー的な要素も強かった前作の人間ドラマに興味を惹かれた読者層にとっては、大きな物語として激しい動きがあったわけではないので、物足りなく感じるのかもしれないな、と。
総評(ネタバレ強め)
今回のテーマが難しかったのは、大量のゾンビが襲来するという非常識を受け入れざるを得ない状況があった前作に対し、未来予知にはトリックの介在予知があったことに尽きる。
実際、予言者のトリックを暴くというミステリー作品も数多くある中で、サキミや十色の予知が本物であることを確定しきれない。
幕間のメタ的文章で確定文でも出さない限り、どんなに本文で決定的な記載があっても疑ってしまうのがミステリー読みというものだろう。
予知を受け入れたうえで先に進むのが面白い作品だけに、ゾンビ化がバイオテロだったのと同様、せめて予知能力を確定的なものにする科学的解釈があれば良かったな、と。
そこさえクリアになれば、交換殺人、自殺未遂、事故死に獣害。
色々な要素が複雑に絡み合って、更には"サキミ"という存在における秘密まで裏に潜んでいる用意周到さ。
さらっと解き明かしてしまう剣崎も凄いのだが、一見弱すぎる動機に、冒頭でさらりと触れた与太話を伏線にして、どうしてそこまで追い詰められたのか、に納得感を与えていたのが圧巻だった。
いや、タトゥーがその根拠、というのはさすがにノーチャンスすぎるだろ、とは思うのだが。
全体的にサスペンス要素が控えめだったので、剣崎の死の偽装については、もう少し引っ張っても良かったのでは、と思うものの、共犯の葉村が視点人物であれば仕方ないか。
剣崎が死亡している間、殺害現場で朱鷺野と出くわした葉村。
後から振り返ってみれば、ここが一番のサスペンスシーンだったのかもしれない。
この偽装自殺がなかりせば、朱鷺野には男性を殺す動機が存在していたはずなので。